最近の書棚から 2005年1月〜6月



佐伯真一『物語の舞台を歩く 平家物語』(山川出版社、2005年2月、\1800)


 2005年2月受贈。山川出版社の新シリーズです。文学作品の舞台を旅するためのガイドブックというのが一番わかりやすいでしょうか。「将門記」から「江戸物の世界」まで、12冊がラインナップされています。地域的に限定される『将門記』や『曾我物語』、京都・宇治・明石で済みそうな『源氏物語』はともかく、東国から九州に及ぶ『平家物語』や作品(場所)を選ぶのが大変そうな『能の世界』はどうするのだろうかと思っていました。さて、この平家物語の巻は、まず16ページのカラー口絵があり、『平家物語絵巻』から平家物語の著名な場面が載せられており、読者は大まかな話の展開と物語の舞台を確認することになります。そして、1章は、忠盛の得長寿院建立と昇殿勅許に始まる平家物語にふさわしく、得長寿院と同じく1001体の仏像をまつる、清盛建立の三十三間堂から旅が始まり、六波羅蜜寺、鹿ヶ谷、園城寺、宇治、奈良へと続きます。2章は蛭ヶ小島、石橋山、三浦半島、房総と、頼朝の足跡を辿り、3章は木曽から北陸、大津へと義仲の旅、4章は福原、一の谷、鵯越、屋島、壇ノ浦へと平家滅亡に向かう義経の旅、最後の5章は平家を彩る女性たちの物語の舞台、嵯峨野・大原・高台寺を歩いています。時々、バスで○○分かかるという記述や周辺の描写もあって、著者自身が実際に歩いていることがわかります。JTB等の普通のガイドブックでは物足りないという方にお勧めです。


稲垣足穂『男色大鑑』(角川書店、1977年5月)

 2005年2月購入。定価12万円、限定380部というマニアックな豪華本です。でも部数的には、学術書もマニア度は変わらないのか・・・。和装本2冊の『多留保判男色大鑑』本体そのものより、付録である『稚児之草子絵巻』の巻子本に惹かれて、購入しました。マニアでない私は、もちろん学術的な好奇心から買いました(笑)。『稚児之草子絵巻』は醍醐寺に秘蔵されている絵巻で、門外不出、強力な縁故を駆使した人?のみ閲覧できるといわれているものですから、この巻子本は忠実に作成されたといわれる近代模写本の複製。詞書を含め、全体の雰囲気はわかるのですが、画像の一部に目張りがしてあるのが難点です。規制が厳しかった70年代の出版物ですから致し方ないでしょう。この絵巻、福田和彦『浮世絵グラフィック6 艶色説話絵巻』(KKベストセラーズ、1992年5月)にも収められています。こちらは絵の部分中心に編集されていますが、ほとんど目張りはありません。なお、田中貴子氏の著作の表紙でおなじみの『小芝垣草子』は『定本・浮世絵春画名品集成17』(河出書房新社、1997年8月)に収められています。我が家ではこれらも『日本の絵巻』と平等に並べられています。


内田正男編『日本暦日原典』(雄山閣、1975年7月)


 2005年3月購入。湯浅吉美『日本暦日便覧』(汲古書院)があれば、事足りると思っていたので、これまで購入していなかったのです。実物を手にしても、その感想はほとんど変わりません。唯一、この本のメリットは、各月朔日の西暦(ユリウス暦)換算が載っていることでしょうか。


文人研究会編『藤原通憲資料集』(二松学舎大学21世紀COEプログラム、2005年3月)


 2005年4月受贈。二松学舎大学で開かれた説話文学会の例会でいただきました。そもそもこの資料集につられて例会に行ったという方が正しいのですが。二松学舎大学ではCOEに採択された「日本漢文学研究の世界的拠点の構築」というプログラムが進められています。その一環として磯水絵氏を中心につくられたのが、この資料集です。主な内容は、吉原浩人「藤原実兼の生涯と作品」、磯水絵「大江匡房の辞書的人物伝―匡房略伝―」という2本の論考を冒頭に配し、資料編として、日記記録類や文学作品、楽書等から関係史料を抽出掲載し、ついで藤原通憲関係作品を掲げ、それぞれの史料には補注・覚書・参考・研究文献を付しています。数少ない人文系のCOEとして頑張ってもらいたいものです。


千葉県史料研究財団編『千葉県の歴史』資料編中世5(千葉県、2005年3月)


 2005年4月受贈。中世資料編の最終冊です。県外文書2として西日本所在のものおよび国立歴史民俗博物館所蔵の六条八幡宮造営注文の一部、経光卿記・兼仲卿記紙背文書が収められているほか、県内文書・県外文書(東日本)の補遺が載せられ、さらに吾妻鏡や古記録、軍記、語録などが記録典籍として編年で収録されています。ただし『源平闘諍録』や『千学集抜粋』『妙本寺本曾我物語』は誤解を生む恐れが少なくないとして割愛され、吾妻鏡の千葉氏関係史料も割愛したものが多いということです。県史レベルでは「千葉氏史料集」の性格を持たせるのは難しいのでしょう。
 この『千葉県の歴史』資料編の目玉は、何といっても巻頭にもうけられたカラーの特設ページ「本書を理解するために」約150ページです。納税者である住民を置き去りにしがちなこれまでの自治体史の資料編から脱却する試みとして高く評価されています。私が関わっている『新横須賀市史』でもこの点は学ばせていただきました。


上杉和彦『大江広元』(人物叢書、吉川弘文館、2005年4月、\1800)
峰岸純夫『新田義貞』(人物叢書、吉川弘文館、2005年4月、\1700)


 2005年4月受贈。人物叢書の中世関連書が3冊ほぼ同時に出ました。忘れられた超有名人の新田義貞、一応教科書にも登場している大江広元、誰それと言われそうな足利直冬の3人です。人物叢書が出るたびに、プレッシャーがかかっていきます。そう、「三浦義村」という宿題。ちゃんと読んで、書き方も勉強しなくては。新田義貞は山本隆志氏のミネルヴァ書房版も刊行されました。大江広元に関しては、多分本書でも使われていない興味深い史料(願文)が歴博田中本にあり、その旨、田中本目録の解題で紹介しました。その史料『菅芥集』が、中川真弓「国立歴史民俗博物館蔵田中穣氏旧蔵『菅芥集』について」(荒木浩編『小野随心院所蔵の密教文献・図像調査を基盤とする相関的・総合的研究とその探求』大阪大学大学院文学研究科共同研究報告書)に翻刻されました。


広島県編『広島県史 古代中世資料編』2・3(広島県、1976年3月・1978年3月)


 2005年4月購入。ようやく買いました。広島県史の厳島文書編です。数ある県史の中世資料編の中でも代わりがない、これはというものの一つ。その分、古書店でのお値段も張ります。そもそも復刻されたときの値段も相当なものだったようです。昔は厳島文書使った論文も書いたのに、今やすっかりご無沙汰です。


延慶本注釈の会編『延慶本平家物語全注釈 第一本(巻一)』(汲古書院、2005年5月、\13000)


 2005年5月受贈。いよいよ待望の注釈書の刊行です。これまでの平家物語の注釈書はいわゆる語り本系(覚一本など)のものがほとんどで、延慶本・長門本・盛衰記など、いわゆる読み本系のものは、刊行中の『四部合戦状本平家物語全釈』(和泉書院)くらいではないでしょうか。平家研究者はもちろん、現在の歴史研究者が一番強く関心を寄せている平家物語は延慶本ですから、その注釈は願ってもない存在なわけです。
 まず、各段ごとに、延慶本本文を原本に忠実な改行で掲げ、朱点・朱引や筆跡に関する〔本文注〕、漢字・平仮名交じりに読み下した〔釈文〕、そして各語句に対する〔注解〕が施され、巻末には「引用研究文献一覧」が付されています。注釈には周辺分野を含め最新の研究成果を取り入れようとする姿勢が強く窺われます。全12巻ということを考えると、まずは最初の一歩。今後年1冊の刊行予定とのことですが、本務・雑務に追われて忙しい方々が共同作業で足並みを揃えて年1冊刊行というのは厳しそうだなあ。一人で強引に進めている『新訂吉記』でさえ、2年に一冊がやっとですから。そういえば、良質な底本(元本)があるものの翻刻を3年に1冊出すのが本務というところがありましたね。


服藤早苗『平安王朝社会のジェンダー』(校倉書房、2005年6月、\8000)


 2005年5月受贈。数多くの著作を世に送り出している著者の、論文集としては3冊目ということになるでしょうか。初出は1988年から2003年まで。近年の論文のうち、内容的に前著『平安王朝の子どもたち』(吉川弘文館、2004年6月)に入らなかった論文を集めたものという感があります。
 第1部 家   第1章 イエの成立と妻の役割  第2章 王朝貴族の邸宅と女性  第3章 平安貴族層における墓参の成立
          第4章 正月儀礼と饗宴  付論 純婿取婚をめぐって
 第2部 王権  第1章 五節舞姫の成立と変容  第2章 王権と国母  第3章 九世紀の天皇と国母
          第4章 『栄花物語』と上東門院彰子
 第3部 性愛  第1章 遊行女婦から遊女へ  第2章 王朝社会の性愛とジェンダー  第3章 和泉式部
          付論 平安京における売買春の成立
以上の章立ては副題を省略しましたが、かなり多くの論文に副題がついています。そもそも本書にも「家・王権・性愛」という副題が。前著は「王権と家・童」、第1論文集にも「祖先祭祀・女・子ども」とついていましたっけ。スパッとしたタイトルの方がいいというので、出版社は余り副題を好まない傾向にありますから、著者の嗜好なのでしょうか。

  

佐藤和彦『中世の一揆と民衆世界』(東京堂出版、2005年5月、\12000)


 2005年5月受贈。こちらは病の淵から復活し、さらにさらに精力的な著者の論文集です。
  序章 内乱期社会の研究視座
  第1部 荘園制社会と農民闘争  1 山間の流浪と定住  2 鎌倉末期の東寺領荘園  3 中世後期における矢野荘の諸一揆
        4 反権力における人々の集まり  5 荘園制下の農民闘争
  第2部 内乱と新しい価値観の創出  6 旅と救済の日々  7 バサラ大名の虚像と実像  8 蒙古襲来と南北朝内乱
        9 高揚する民衆社会  10 日本中世社会におけるバサラ現象
こうしてタイトルを見ると、やっぱり「佐藤ワールド」。でも引用されている論文や史料はとても多様で、目配りもきいているんですよね。最近、貴族社会も鎌倉末から南北朝が一番面白いんじゃないかと思い始めています。

 


上島享・末柄豊・前川祐一郎・安田次郎校訂『史料纂集 福智院家文書1』(続群書類従完成会、2005年6月、\11000)


 2005年5月受贈。上島氏を研究代表とする共同研究『興福寺旧蔵史料の所在調査・目録作成および研究』については、2002年7〜12月の「最近の書棚から」で紹介しました。そこで目録化された福智院家文書の翻刻刊行が始まりました。福智院家旧蔵文書の中核である京都在住の個人所蔵文書のうち、3箱分113点が収録されている。典型的な「文書」のみならず、縁起や記録抜書類も収められているから、中世南都の仏教文学に関心のある方も参看の必要があるかもしれない。続刊も期待できそうです。


神戸説話研究会編『春日権現験記絵注解』(和泉書院、2005年2月、\20000)


 2005年6月購入。『続古事談』の注釈書などをつくってきた研究会(代表池上洵一)が春日本を底本にして詞書の注釈に取り組んでいます。上部に絵・詞書のカラー図版、中程に本文翻刻、下部に注という版組です。5編の解説論文、巻末に索引も付いています。執筆者の顔ぶれのうち名前を存じ上げているのは仏教や芸能等の説話に関心のある方々、注もそうした関心からついているようです。『春日権現験記絵』については美術史はもちろん歴史学からのアプローチもありますから、そうした研究成果がもう少し取り入れられてもよかったのかなとは思います。ただし、そのあたりは、序で「本書は説話研究の立場から、詞書を主たる研究対象として、それの綿密な読解を第一義としたところに特色がある」と述べているように確信犯。さあ、美術史や中世史の研究者がどう使うか。

歴史資料ネットワーク編『平家と福原京の時代』(岩田書院、2005年6月、\1600)


 2005年6月受贈。阪神淡路大震災を契機に結成され、各地の災害後の歴史資料や文化財の保全・保護活動をおこなっている歴史資料ネットワークが行ったシンポジウムの記録です。『歴史のなかの神戸と平家』(神戸新聞総合出版センター、1999年12月)につづく成果の公刊ということになるでしょうか。今回のシンポジウムは保存運動が行われた「楠・荒木田遺跡」の考古学からの調査報告と、歴史学と文学から福原遷都にアプローチする報告3本(元木泰雄「福原遷都をめぐる政情」・高橋昌明「福原の平家邸宅について」・佐伯真一「文学から見た福原遷都」)、質疑応答と討論の記録からなっています。


中村文『後白河院時代歌人伝の研究』(笠間書院、2005年6月、\14500)


 2005年6月受贈。以前に井上宗雄さんの本をご紹介したことがあったかと思います。その愛弟子である中村さんがこれまでの論文を1冊にまとめられました。取り上げられている人物は、藤原隆信・藤原実定・藤原実家・平親宗・信西の子息達(成範・脩範・静賢・澄賢)・源雅重・藤原定隆・源通能・源有房・藤原長方・源季広・藤原盛方・藤原経房、そして多くの地下の歌人達。吉記ではおなじみの人々がずらっと並んでいます。彼らが歌人だったとは、歴史の研究者はほとんど認識していないですよね。最近、歴史研究者が芸能の世界にも本格的に足を踏み入れ始めましたが、次は和歌ですよ、和歌。たぶんこれをきちんと押さえないと、貴族社会がわかったことにならないわ。まずは井上さんや中村さんのお仕事を歴史研究者が学んでいかないといけないでしょうね。後白河院政期をやる人は必備。でも帯にある「新古今歌壇の前夜」という大きな文字。むぅ、和歌の世界ではこの時代をこう捉えるのか。さすがに今時の歴史学では後白河院政期を「鎌倉開幕の前夜」とは言わんよな。


嗣永芳照編『図説宮中行事』(同盟通信社、1980年5月)


 2005年6月購入。数年前の宮内庁書陵部の展示会に『公事録』という史料が出ていました。明治になって、朝儀の廃絶に危機感を持った岩倉具視がつくらせた故実書で、儀式の様子を絵画化した図集が付属しています。儀式での人々の並び方やそのときの装束などがわかってとても面白い資料でした。この話は2004年7〜12月の「最近の書棚から」で『古式に見る皇位継承「儀式」宝典』(別冊歴史読本、新人物往来社、1990年6月)を紹介したときに書いたかと思います。その後、鶴見大学でのゼミの時、儀式の様子を説明するのに、学生が図書館から借りて教室に持ってきたのがこの『図説宮中行事』でした。『公事録』の附図すべてを収めた本があるとは知らなかった。「この本欲しい」思わず洩らしてしまいました。その後、古書店ホームページの新入荷本の中で見つけて購入した次第です。
 59図(78枚)のカラー図版に嗣永氏らの解説(嗣永芳照「総説」、嗣永・相馬万里子「図版解説」、鈴木真弓「近世宮中の服飾」、小池一行「近世宮中の調度」、相馬「近世宮中行事の食物と器」、斎藤英俊・後藤久太郎「内裏の歴史と建物」、福井俊彦「古代と近世の宮中行事」)が付されている大型本。早速、拙著『古記録入門』にも踏歌節会の図を使いました。


悪党研究会編『悪党と内乱』(岩田書院、2005年6月、\7900)


 2005年6月受贈。同研究会による2冊目の論集です。この研究会、メンバー的には、かつての内乱史研究会の系譜を引くものと言っていいでしょうね。その成り立ちからすると、『勘仲記』を読んでいる研究会とは兄弟関係にあるといってもいいのかな。なぜその会で私が『勘仲記』を読んでいるのか、私自身も不思議です。この件については、「M先生にだまされた」と自称していますが・・・
 さて、一言。「南北朝期は面白い」。悪党研究会のメンバーに、鎌倉末〜南北朝期の貴族社会をやる人はいないですかね。面白いですよ。そのためには古記録、もっと読みましょう。