最近の書棚から   2002年7〜12月


『興福寺旧蔵史料の所在調査・目録作成及び研究』(研究代表者 上島享、2002年3月)

 2002年7月受贈。上島氏を代表者として、稲葉伸道・上川通夫・坂井孝一・末柄豊・永村真・前川祐一郎・安田次郎氏など、奈良の寺院や室町時代史を専門とする顔ぶれによる科研報告書です。内容は、第I部 興福寺旧蔵史料の一覧、第II部 福智院文書の目録、第III部 興福寺旧蔵史料に関する研究論文からなっています。大乗院文書を引き継ぐ福智院家の文書の一部は、横井清氏らによって調査され、『福智院家文書』(花園大学)として刊行されていますが、所蔵者が異なる文書は未紹介だったようです。何と言っても白眉は、藤原頼長の自筆書状。実直な頼長らしい文字で記されています。詳細は、是非とも上島氏の所収論文をご覧下さい。中世分の文書は、史料集の刊行を予定しているとのこと、待ち遠しいものです。


『CD-ROM版【国宝】上杉家本洛中洛外図大観』(小学館、2001年6月、\94000)


 2002年7月購入。1987年刊行の『洛中洛外図大観』をもとに作成されたCD-ROMで、定価ではとても買えない物ですが、ヤフーのオークションで安く購入しました。上杉本の画像を縦横に見ることができそうです。最新の研究成果に基づく注釈も入っています。楽しめそうだと思って購入したのですが、遊んでいる暇がない。今のところ、宝の持ち腐れ状態です。


葛飾区郷土と天文の博物館編『源頼朝と葛西氏』(葛飾区郷土と天文の博物館、2001年10月)
日本大学文理学部創設百周年記念貴重書展実施プロジェクト編『書物が伝える日本の美―書写と印刷文化―』(日本大学文理学部、2002年5月)


 2002年7月購入。ともにCD-ROM付きという新しいタイプの図録です。前者には葛西氏関係の文書や『吾妻鏡』の文字データがデータベース形式(ファイルメーカーのランタイム入り)とPDF形式で収められており、後者には図録をほぼそのままPDFファイル化したものが入っていました。せっかくの付録なのですから、+αが欲しいところ。その点では、史料集を付けた葛飾区の方が優れものです。後者の強みは自前の所蔵品なのですから、図録に入っていない部分の写真画像を入れるなどのおまけが欲しかったところです。葛飾区の図録には、入間田宣夫「葛西氏研究の成果と課題」、今野慶信「葛西清重と鎌倉幕府」「鎌倉期の葛西氏」、小岩弘明「二十三世孫大槻文彦」、八重樫忠郎「鎌倉・南北朝の平泉」の5本の論考が収められていて、さらに充実度を高めています。


東京府学務部社会課編『日本の天災・地変』全2巻(原書房、1980年12月・1981年1月、各\2500)


 2002年8月購入。これまでにご紹介した『日本天文史料』『日本の気象史料』と同じく原書房から復刻された史料集の一つです。元版は1938年3月の発行になります。内容は第1編「災変編年表」とその注にあたる第2編「災変事件引考」からなり、それぞれ上巻に古代中世、下巻に近世が収録されています。年表は各年ごとに地震海嘯噴火、火災、風水害、凶荒(旱魃・虫害・冷害)、疫疾、饑饉の欄が設けられていて、月日、記事内容、出展が書き込まれています。日にちや出典が複数に及ぶものなどは、注番号が打たれ、第2編を参照するようになっています。どのくらい利用価値があるかは未知数ですが、ご紹介まで。


藤本孝一『日本の美術436 古写本の姿』(至文堂、2002.年9月、\1571)


 2002年8月購入。「モノ」を扱うのは難しい。最近では料紙の年代測定が可能になるなど、科学的なデータも蓄積され始めていますが、調査の現場で一番ものを言うのは「勘」以外の何物でもありません。もちろんそれは、とにかくいろいろなものを数多く見たという経験に裏付けられたものです。そのため、これまで「書誌学」のような学問を担ってきたのは、コレクターお抱えの学者や自身も「モノ」を所有している国文学系の研究者でした。歴史の研究者には、「文字」に対する執念はあっても「モノ」への関心は少なかったと言っていいでしょう。近年ようやく古代史を中心に「モノ」に着目した史料研究が出てきたところです。
 そうした中で、平安博物館→京都文化博物館→文化庁と、「モノ」と接する場に勤務され、冷泉家の調査にも携わっている著者が、現物から「写本学」を組み立てようとした意欲的で、画期的でもある著作でしょう。記録典籍類の原本調査をされる方には大変参考になる1冊です。


福井保『紅葉山文庫』(東京郷学文庫、郷学舎、1980年8月、\700)


 2002年8月購入。長年、内閣文庫に勤務した著者が、内閣文庫の前身の一つである江戸城内の図書館「紅葉山文庫」について、簡潔にまとめた新書版150頁弱の著書です。一 総説、二 建物、三 職員の項目でその概略を述べ、四 図書の収集、五 図書の整理、六 図書の保存、七 図書の利用の項目では、『御書物方日記』や近藤正斎(重蔵)の著作などを使って、その変遷が具体的に著述されています。紅葉山文庫について知るにはもちろん、江戸時代の書物のあり方を知る上でも、参考になります。


上野学園日本音楽資料室編『日本音楽史研究』第3号(上野学園日本音楽資料室、2001年6月)


 2002年9月購入。福島和夫氏を中心とする研究室の研究年報です。第2号は後白河院の自筆といわれる「梁塵秘抄断簡」を紹介したことで注目を集めました。毎日新聞の朝刊一面トップという扱いに驚いたことを記憶しています。この号には、半田公平「上野学園日本音楽資料室蔵、新出資料『代集』について―解題と翻刻―」、山本真吾「宝治元年写尊信筆 維摩会表白 影印・翻刻並びに解説」の2本の論考と、二つの史料紹介、研究覚書として、「梁塵秘抄」関係の志田延義「『梁塵秘抄』「散らし下絵切れ」解読」と新井弘順「天台声明の博士について」が収められ、第2号より連載されている「楽人誌」には、藤原敦家・円憲・中原有安・源師季の伝記が載せられています。この楽人誌は、是非とも連載をすすめて1冊にまとめてもらいたい企画です。もうひとつこの雑誌のユニークな点は、巻末に「論叢」として、前号所収論文に対する書評が載っている点でしょう。史料の読みや解釈に対する異論など、論文1本用意するのにはちょっと大げさなことでも、短文でコメントできるのはいいかも。音楽史研究者のみならず、関連するテーマの研究者にもコメントを寄せてもらうとおもしろいかもしれませんね。

『対外関係史総合年表』(吉川弘文館、1999年9月、¥35000)


 2002年11月購入。紀元前の時代から明治12年(1879)までの対外関係的な出来事とその典拠を年表(月日も掲載)にまとめたものです。田中健夫氏を代表、荒野泰典・石井正敏・北島万次・村井章介の各氏を委員とする編集委員会のもとに、34名が執筆に当たった労作です。巻末には典拠一覧もついていますので、もとの史料を参照する上でも便利です。ここ数年、何かと使うことが多かった本でしたので、自宅用にも買ってしまいました。お手ごろ価格の箱無し本が、更に2割引ということだったので、ついつい買ってしまったわけです。索引があれば便利だろうなあ、と無い物ねだりをしたくなってしまいます。門外漢にはこれで十分ですが、対外関係史を専門としている方々には消化不良の所もきっとあるでしょう。10〜15年後ぐらいには是非、第2版を。


『日本歴史地名大系 東京都の地名』(平凡社、2002年7月、\32000)


 2002年11月購入。1453頁。いやはや重い本です。左手で持って右手で頁をめくるのは難しいほど。まずはテーブルにおいてパラパラと八王子あたりの地名をながめてみました。地域別掲載の平凡社版はその点いいですね。角川書店の『日本地名大辞典』も、もちろんいいところはありますよ。史料集の文書番号が入っているとか…。特に最近出たCD-ROM版は一度使ってみたい。それにしても、平凡社の地名辞典は第1冊の刊行から20年以上経ちますが、まだ完結していないんですねえ。東京都は『東京都史』もなく、古代中世について言えば基礎になる研究が10年くらい前まではあまり無かったし、江戸時代になると手が付けられないほど膨大な史料があるし、まあいろいろな事情があって遅れたんでしょう。でもこの数年の自治体史(板橋区史・北区史や豊島・日野の史料集など)の成果は目を見張るものがありますから、いい地名辞典ができたのではないでしょうか。あと2年くらいで全巻完結とのこと、それまでがんばってください平凡社さん。


奈良女子大学古代学学術研究センター設立準備室編『儀礼にみる日本の仏教』(法蔵館、2001年3月、\2600)


 2002年11月購入。日本史研究会大会の書籍売り場で手に取り、買ってしまいました。こんな本が出てるなんて知らなかったなあ。ひとことで言って、マニアックな概説書。表紙は『春日権現験記絵』の興福寺維摩会の場面が鮮やかでなかなかいい装幀、帯には「”法会学入門”の決定版!」とうたわれています。口絵にはお水取り(東大寺修二会)と花会式(薬師寺修二会)の写真があり、手に取った人を引きつけます。でもページをめくっていくと、漢文史料(返り点付き)や漢字ばっかりの表が次から次へと出てきます。ここで、本を閉じて元に戻すのが一般人。巻末の資料目録をチェックし、用語解説でふむふむとしてしまうのは、マニアかもしれない。さて内容は、
 第一章 東大寺の法会
   法会のかたち…佐藤道子  寺院社会史の視点からみる中世の法会…永村眞
 第二章 興福寺の法会
   中世の慈恩会…高山有紀  法相論義の形成と展開…楠淳證
 第三章 薬師寺の法会
   伝来古文書から見る法会…綾村宏  法会の変遷と「場」の役割…山岸常人
 ◇より深く知りたい人のために
 ◇用語解説
奥付の次のページには関連書籍の広告、でも全部1万円以上。それを見ると、2600円なら買おうという気になっちゃいます。


佐藤進一・笠松宏至・永村眞編『大乗院寺社雑事記紙背文書』第1巻(勉誠出版、2002年11月、\9800)
今江廣道編『前田本『玉燭宝典』紙背文書とその研究』(続群書類従完成会、2002年2月、\8000)


 2002年11月購入。紙背文書に関する史料集2冊を紹介しましょう。『大乗院…』は、かつて国立公文書館の紀要『北の丸』に5年にわたって掲載されていた史料紹介「大乗院寺社雑事記紙背文書抄」の全容版。同誌には木藤久代「大乗院寺社雑事記紙背文書内容細目」も連載されておりました。その目録では不明だった部分もこれで明らかになりました。メンバーを見ても翻刻の信頼性は高そうです。表の日記記事との連関など画期的な研究が登場することに期待しましょう。『前田本…』は南北朝期の紙背文書の翻刻と人名索引が90ページ、解題と紙背文書を用いた研究論文が8本という構成になっています。紙背文書は二階堂道本関係のもので、南北朝期とくに足利直義周辺の研究には貴重な史料になりそうです(一部は佐藤進一氏の研究などでもすでに使われているようです)。


市古貞次監修『国書人名辞典』全5巻(岩波書店、1993年11月〜1999年6月、\129000)


 2002年11月購入。以前から欲しいと思っていた「お道具」の一つ。定価では手が出ませんが、箱・カバー無しということでかなり安く入手できました。岩波書店の創業80周年記念刊行物で、『国書総目録』『古典籍総合目録』という一連の前近代著作目録を補う人名辞典です。『国書総目録』に著作が掲げられた人物を中心とする約3万人について、解説が施されています。〔見出し〕〔読み〕に続いて、「公家・歌人、漢学者、天文学者」等の領域名、〔生没〕〔名号〕〔家系〕〔経歴〕〔著作〕〔参考(文献)〕の各項目が記されています。他の人名辞典類にはまったく登場しない人物も多いですから、ちょっとしたことを調べるときに役立ちます。昔、田中教忠の旧蔵書を扱っていたころ、この辞典を使って「西村兼文」を引いた覚えがあります。第5巻は補遺・訂正・索引が収められていますが、訂正のうちの「衣笠経平」は、かつて歴博の研究報告に翻刻した『兼仲卿記 文永11年』によって没年が訂正されたものです。目の前で、編纂委員が編集部に電話をして訂正の依頼をしていましたっけ。第5巻の参考文献を見ると、使ったことのない本、知らない本がいっぱいです。「お道具」の奥は深いですねえ。


宮内庁書陵部『書写と装訂 ―写す 裁つ 綴じる―』(宮内庁書陵部、2002年11月)


 2002年11月受贈。11月19日〜22日に行われた平成14年度書陵部特別展示会の展示図録です。今回は、図書課修補係や出納係の方々がこれまでの仕事の中で気がつき、メモを残してきた珍しい装訂を取り上げたということでした。1.書写と道具、2.複本作成、3.綴じ方いろいろ、4.装訂の呼称、5.本の大きさと紙、6.様々な改装にわけられ、1では、書写の際に行を整えるために糸を張った枠やそれを利用したと見られる『祺子立后次第』、下敷きが付随する『松殿御記』、針穴の見られる『教訓抄』、和歌の秘説伝授の切紙とそのとき用いたと思われる筆、細川幽斎から八条宮智仁親王に相伝された墨などが展示され、2では、書写してから製本したことを示す丁付がある『除目袖書尻付事』、宋版を忠実に透写した『方氏編類家蔵集要方』など、3では、和歌会の作法を示した『和歌会席作法秘伝』とその記載通りの方法で懐紙を綴じた実例、紙釘装・列帖装(綴葉装)の実物、4では、長年議論のある「大和綴」についての認識を中心に、文献に記された綴じ方の名称とその実例、5では、四半本・六半本・八半本などの実例を挙げる。6では、巻子から折本や袋綴に改装された例、巻子から一時折本にされ再び巻子本に戻された『定能卿記部類』巻3、粘葉装を巻子本にした際に紙背になってしまう部分を新たな紙に写し直して表に継いだ『定能卿記部類』巻8・9、列帖装を間剥(あいはぎ)して巻子本とした『菟玖波集』などが展示されました。この図録には、それぞれの写真と解説が載せられています。巻末には展示本の書誌データが載せられ、別紙として「装訂・料紙ほか調査表」も挟まれているという気の遣いようです。先に紹介した『日本の美術 古写本の姿』とともに、現物のもつ情報の豊かさを感じられる本です。


秋月龍みん・秋月真人『禅宗語録漢文の読み方』(禅宗古典選別巻1、春秋社、1993年7月、\5974)


 2002年12月購入。わからない世界です。難しい。冒頭の「禅宗語録の漢文を読む前に」の出だし、「我々は漢文を返り点を用いずに頭から読んでいく」、まずこれからびっくりします。とはいうものの、中を見ていくと、「倶胝和尚、唯挙一指」を「倶胝和尚、唯ダ一指ヲ挙グ」としていますから、ちゃんと返るべきところは返って読んでるじゃん、おどかさないでよ、というところでしょうか。禅宗語録の世界に足を踏み入れる予定はないのですが、いざというときのために買った本でした。でも、禅宗の坊さんの伝記や漢詩に東国の地名が出てくることも少なくないですから、この本が参考になることもあるでしょう。