最近の書棚から  2002年1月〜6月


皆川完一・山本信吉編『国史大系書目解題』下巻(吉川弘文館、2001年11月、定価\17000)


 2002年1月購入。上巻の刊行から30年、もはや刊行されないのではと思っていた下巻が、国史大系の復刊完結を機に刊行されました。中世関係では、『百錬抄』(近藤成一)『扶桑略記』(堀越光信)『今鏡』(加納重文)『増鏡』(大隅和雄)『法曹類林』(西岡芳文)『続左丞抄』(皆川完一)『吾妻鏡』(五味文彦・井上聡)『公卿補任』(美川圭)『尊卑分脈』(皆川完一)が収められています。評判の高かった上巻同様、適材適所の執筆陣といえるでしょう。それぞれの書目について20世紀の到達点を示す研究として、永く使われていくに違いありません。蛇足ながら、『吾妻鏡』の参考文献欄には、このホームページを参照した旨が記されていました。驚きとともに、恥ずかしい限りです。品切れだった上巻もあわせて復刊されました。


京都帝国大学文学部編『京都帝国大学国史研究室蔵史料集』(京都帝国大学文学部、1933年3月)


 2002年1月購入。東の東京帝国大学史料編纂掛が刊行した『古文書時代鑑』(1924〜27年)に対して、西の京都帝国大学国史研究室が刊行したのがこれです。縦33cm、横42cmの帙(内側は木箱状)に55点、66葉の史料写真と1冊の解説が入っています。紙はかなり厚手で、「京都帝国大学/国史研究室」の透かしが入っているという、なかなかのものです。内容は、後深草・後陽成・後西天皇の宸翰、後奈良天皇女房奉書、後醍醐天皇綸旨、後白河上皇院宣などの天皇・公家文書、北条義時が奉じた関東下知状や足利尊氏御教書、戦国大名発給文書などの武家文書、春日局・大塩平八郎らの書状、平安〜南北朝期の解文・売券類、三長記・建内記、あるいは古今伝授関係史料、朝鮮・オランダ関係史料から、春屋妙葩画像などの絵画、大友宗隣の鞍まで、バラエティに富んでいます。40000円の値段を付けている古書店もありますが、再版本ながらその6分の1以下の値段だったから買えました。

渡辺世祐『史籍の選擇法』高橋隆三『史籍解題』(雄山閣、1938年11月)


 2002年2月購入。戦前に刊行された『大日本史講座』のうちの1冊です。同じ講座の中の伊木寿一『日本古文書学』などはよく見かける本ですが、この本は書名は聞いたことがあるものの、一度も見かけたことがありませんでした(確か史料編纂所の書庫にもなかった)。著者の高橋隆三氏も、その記念論集である『古記録の研究』(続群書類従完成会)や『実隆公記』の校訂者としては知られていても、その著作は見たことがなかったので、一度見てみたいと、探していた一冊でした。見つけたときはちょっと感激でした。2篇が1冊になっていますが、渡辺氏の著作は18頁で、高橋氏の解題が173頁あります。後者は、平安時代から幕末までの記録類200点以上を、それぞれ4〜10行程度の記述で取り上げています。私の関心のあるちょっと変わったものでは『吉記』の公事抄出である『吉部秘訓』や中山家関係の記録文書を集めた『蝉冕魚同』が収められています。


長塚孝『日本の古式競馬』(うまはくブックレットNo.4、神奈川新聞社、2002年1月、¥850)


 2002年2月購入。横浜市根岸にある「馬の博物館」(馬事文化財団)が刊行を始めたシリーズです。No.4とありますが、どうも実際にはこれが1冊目になるようです。我々が「くらべうま」と呼んでいるものについて、その内容や、競馬が行われた寺社などを、一般向けに非常にわかりやすく、図版などを用いて解説しています。近刊予定に『奥羽の馬』という1冊があげられていました。


小野則秋『日本乃蔵書印』(臨川書店、複製版1977年6月)


 2002年2月購入。以前、小野則秋の『日本文庫史研究』を取り上げたときに、蔵書印譜について触れましたが、その小野が編纂した蔵書印譜です。元版は1954年の刊行。前半は「蔵書印の諸々相」と題した論考、後半は「古今蔵書印一覧」として1「蔵書印使用者別一覧」(使用者から印文を調べることが出来る)、2「蔵書印索引」(印文から使用者を調べることが出来る)が収められています。巻頭にはカラーで印影が数ページにわたって載せられていますが、数は決して多くありません。蔵書印譜としては渡辺守邦・後藤憲二『新編蔵書印譜』(日本書誌学大系、2001年)がもっとも充実しているという評判です。しかし、何分高価で手に入りにくいものなので、手頃な一冊としてはこの『日本乃蔵書印』でしょう。印影だけでしたら、『国史大辞典』の該当項目も侮れません。


日本古典文学会編『訪書の旅 集書の旅』(貴重本刊行会、1978年4月)


 2002年2月購入。今年初めて行われた府中伊勢丹の古書市で購入しました。『日本古典文学会会報』に載せられていた古典籍に関するエッセイ38篇を集めた本です。その顔ぶれたるや久松潜一、市古貞次、山岸徳平、横山重、松尾聡、阿部俊子などなど、国語国文学界の重鎮ばかり、コピーなどなく、今のように手軽に紙焼きを手にすることが出来なかった時代に、日本中の所蔵機関や、蔵書をお持ちの先生のところに通って、本を見せてもらい、模写したという話などが、満載です。この時代の方々にとっては水戸の彰考館が印象的だったらしく、多くの方が触れていてます。不便ではありましたが、古き良き時代だったのですねえ、というのが素直な感想です。


泉佐野市史編さん委員会編『新修泉佐野市史』第5巻史料編中世2(泉佐野市、2001年3月)


 2002年3月購入。画期的なものが出ました。あの難解な『政基公旅引付』の注釈書です。本文を読み下し(原文はなし)、頭注で語句の説明を行い、さらに説明を必要とするところには補注を施すという形です。岩波書店の日本思想大系をイメージすればいいかもしれません。九条家文書などの関連史料が参考史料としてまとめて掲げられていますし、人名解説もついていて、言うことなしです。編さんに当たられた方々の苦労は並大抵のものではなかったでしょう。頭が下がります。『政基公旅引付』は和泉書院から翻刻・影印も刊行されていますから、3点セットが完備されたわけで、『御堂関白記』に匹敵する研究環境といえます(『御堂』は注釈が完結していませんから、越えたと言ってもいいかもしれません)。これでゼミで『政基』をテキストにできなくなったという声も聞かれますが、完璧というものはありませんから、この注釈書をたたき台にして読んでもらいたいものです。市史研究のような雑誌に、解釈に対する異論等が載せられていくとおもしろいかもしれませんね。


磯水絵『説話と音楽伝承』(和泉書院、2000年12月、¥15000)


 2002年3月購入。説話文学の立場から、『古今著聞集』『古事談』等の音楽説話を研究されている著者の論文集。700頁を超える大著です。既発表の論考が大部分を占めますが、第5章音楽史の研究では、7本の論文のうち4本が新稿です。私も音楽と「家」に関するものを書いていますが、その手のことをやるときには参考になる1冊かもしれません。索引がないのが玉に瑕。
 2002年6月発行の『説話文学研究』37号に、中原香苗氏による書評が掲載されました。新稿部分の「『文机談』に見る管絃道の歴史―「帝師」考―」で提示されている視点が、豊永聡美氏「中世における天皇と音楽―御師について―」上下『東京音楽大学研究紀要』18・19(1994〜95年)と「交錯するものであり、その関わりが気になるところである」と穏やかに指摘されています。たしかに豊永氏の他の論文は注に引かれていますが、この論文の存在については全く触れられていない。わたしも「そんなのことでいいの?」という感想を持っていました。歴史の分野でも、もっとも関係の深い(都合の悪い)論文はけっして引用しないという著者がしばしば見受けられます。理系の分野では、論文引用回数をカウントしてデータ化し、ランキングがつけられるという話を聞きますが、恣意的な引用がある文系では客観的なデータになりませんね。


吉田幸一編『古事因縁集』(2000年9月)
畑中栄編『類句抄略注』(1998年1月)『類句抄作者伝』(1998年6月)『言泉集』(2000年2月、以上、古典文庫)


 2002年4月購入。某古書店から古典文庫がどっと出たので、普段あまり見かけないもののうち、妻と私の関心のあるところを数冊購入しました。畑中氏は以前ご紹介した『澄憲作文大躰』の編者で、これらも安居院唱導関係の書物です。『略注』の仏教語彙の説明は役に立ちそうですし、『作者伝』には文人たちの活動の跡が載せられています。『言泉集』は祖先祭祀の史料としても使えるかな? 『古事因縁集』は『国書総目録』に吉田氏所蔵本(室町末期写)のみが掲げられているもの(『古典籍総合目録』には版本「故事因縁集」が載っていますが、吉田本との関係は未詳)。古典文庫のこの手のものは見つけたときに買っておかないと、数年後にとんでもない値段が付いてしまいますから、ついつい買ってしまいました。


財団法人冷泉家時雨亭文庫編『冷泉家時雨亭叢書 古記録集』(朝日新聞社、1999年4月、\27000)


 2002年5月購入。まだ買っていなかった『明月記』4とともに購入しました。知り合いを通じて8掛けで買えたとはいえ、出費が痛い。本書には冷泉家所蔵の『台記列見記』『長秋記』『仁安東宮御書始御記』『賭弓記』『為氏卿記』『兵範記』と「記録断簡」が収められています。『長秋記』『兵範記』はツレとなる三の丸尚蔵館本が既に公開されており、漸く全貌が明らかになったことになります。これらの古写本で本ホームページの「中世公家日記 自筆本・古写本一覧稿」を補いましたので、そちらもご覧下さい。


平岡定海編『東大寺宗性上人之研究並史料』全3冊(臨川書店、1958年3月、復刻版1988年12月)


 2002年5月購入。ある程度の調べものは自宅でできるようにと、本を買っていますが、我が家の蔵書にももちろん弱点があります。少々仏教関係に弱い。というので、多少強化に乗り出そうと購入しました。でも、「王道」の叢書類ではなく、いきなりこの本からというのは、ちょっとヘンでしょうか。前から気になっていた本で、たまたま古書店の目録で見かけて、衝動買いしてしまいました。鎌倉期の法会や東大寺の動向を知る参考にはなるでしょう。史料に登場する人名は膨大ですから、人名索引があるといいのになあ。昔、史料編纂所で、ここに収められている史料の写真版を見ましたが、読みにくい字だった。


『四日市市史』第16巻通史編古代・中世(四日市市、1995年3月)


 2002年5月購入。目玉はなんと言っても、別冊の善教寺文書です。同寺の阿弥陀如来立像の胎内文書で、「作善日記」「願文」「経文」「摺仏」「断簡」に分類されていますが、圧巻は「作善日記」です。元仁2年(1225)から仁治2年(1241)に、北伊勢地方の一領主藤原実重が行った数々の仏事がわかるのです。近年何本かこの史料を使った論文が発表され、メジャーな史料になりました。通史編の本編には40頁以上にわたって「藤原実重の信仰と生活」が取り上げられており、大変参考になります。


横浜市歴史博物館編『中世の棟札』(横浜市歴史博物館、2002年1月)


 2002年5月受贈。このホームページの「催し物案内」でも紹介したユニークな展示の図録です。残念ながら、見に行くことはできなかったのですが、その図録を知り合いからいただきました。展示としてはかなり地味といいましょうか、非常に「玄人うけ」しそうといいましょうか、でも担当者の思いが「ズシッ」と伝わってくる感じです。きっかけは横浜市金沢区の宝樹院阿弥陀三尊像の胎内から発見された修理願文に、12世紀半ばの棟札の写が載せられていたこと(全国で2番目に古い棟札の発見ということになるらしい)にあったようです。12世紀前半の中尊寺棟木銘、金沢常福寺棟札(復元品)から、戦国期の全国各地の棟札を集めています。「棟札の始まり」「棟札のかたち」「棟札に記されるもの」「棟札の製作と道具」「棟札の移り変わり」「込められた人々の願い」「市域と県内の棟札を探る」の7章構成で、巻末に出品された棟札の法量・形状・釘穴の有無・材質などに関するデータ表が付されています。


奈良国立博物館ほか編『東大寺のすべて』(朝日新聞社、2002年4月)


 2002年5月受贈。「よくぞここまで」「圧巻」そういう図録です。ページ数にして374ページ。出品目録掲載の点数は244点、うち国宝35点、重要文化財97点。内容的にも、物理的にも重い。まさに「東大寺のすべて」という感じです。さすがに南大門の金剛力士像はありませんが、大仏の写真は載っていました。東大寺所蔵品以外にも、重源関係では浄土寺の阿弥陀如来像や「南無阿弥陀仏作善集」などが出ています。展示を見に行かれなかったのは残念!! 図録を見るとますます、そういう気持ちが募ります。


仏書刊行会編『大日本仏教全書 興福寺叢書』全2冊(第一書房、1978年4月)


 2002年6月購入。仏教関係書強化月間の第2弾は、根本史料の大日本仏教全書です。とはいえ、全巻揃いという訳にはいきませんので、まずは興福寺叢書から。これには「造興福寺記」「僧綱補任」「三会定一記」「興福寺別当次第」「興福寺院家伝」などの史料が収められています。「僧綱補任」を使うには、人別に再編集された『僧歴綜覧』(笠間書院)が便利ですが、もとの「僧綱補任」の年別というのも、ある年の「大僧正」を人物比定したなどという場合には、便利です。「三会定一記」もたくさんの坊さんが出てくるので、かなり使えます。坊さん関係を調べるときにおすすめなのは、「諸寺別当并(維摩会天台三会)講師等次第」という史料です(東寺百合文書の中に伝来するもので、翻刻に際して仮題を付されたものです)。別当の部分は、群書類従の「僧官補任」に類似していますが、講師の部分が充実していて、とくに「維摩会講師次第」は出身寺院まで記されています。登場する僧侶の数は、『僧歴綜覧』に匹敵するといわれており、そのうち『僧歴綜覧』に出てこない僧が850人弱いるらしいですぞ。僧名索引付きで、『京都府立総合資料館紀要』18(1990年3月)に翻刻されていますので、お手元にいかが。


小林剛編『俊乗房重源史料集成 奈良国立文化財研究所史料第4冊』(吉川弘文館、1965年5月)


 2002年6月購入。たまに古書店の目録に出ることがあっても、とんでもない値段が付いている本のひとつですね。それが印ありということで、べらぼうに安い値段でした。書店からは、「大学の印があるが、出所のしっかりとした本だから大丈夫だ」というお墨付きの連絡が事前にありました。校費で買った本だけど、慣例の基づいて先生が退任の時に持ち帰ったもの、ということでしょう。よくあるパターンです。物が届いて、ビックリ。数年前に亡くなられた高名なK先生の研究室の印が押されているではありませんか。以前、隣の駅に住みながら、一度もお会いすることができなかった方だけに、驚きと共に嬉しい買い物でした。その後、この古書店が参加した即売展に、中世史や中世仏教文学関係の本などが多数出品されていて、久しぶりの掘り出し物だとばかりに妻と共にかなり買い込みました。帰りに寄った喫茶店で中身を確認して、これまたビックリ。その先生の個人の蔵書印が捺されていました。買うときには、値段が付されている後見返しは見ても、表紙見返しや扉までは見ていなかったのです。それで安かったのか。でも、あんな有名な先生の本でも、蔵書印があるというだけで投げ売りされてしまうのかあ、寂しいものだなあ、なんていう感慨にも浸ってしまいました。


鈴木亘『平安宮内裏の研究』(中央公論美術出版、1990年12月、\17510)


 2002年6月購入。記録を読むときに必要だけれども、よくわからないもののひとつに建築の問題があります。儀式等の場面では、人々の起居、動きが複雑ですし、室礼も重要です。記主の関心も高く、指図が描かれていることも少なくありません。しかし、建築史の立場から、平安〜鎌倉時代の寝殿造の研究をしている人は、ごく僅か、数えられるくらいです。しかもその論文の媒体となると、『建築史学』はまだ入手しやすい方で、建築学会の○○支部研究発表梗概集みたいなものになると、どうしていいものやら。それをまとめて著書にしたものも少ない。学位論文が大学に納められているとか、それが私家版として一部の人の手元にあるとか。そうなると、流通にのった研究書はまことに貴重ということになります。
 さて、本書は、主に、飛鳥浄御原宮・藤原宮・平城宮・長岡宮・平安宮の正殿・朝堂の建築構成や機能を論じた部分と、平安宮の修造過程を追い、殿舎の規模や機能を考察した部分からなります。紫宸殿・常寧殿・仁寿殿は詳しいので使えそうです。
 建築史関係の本といえば、まず名前があがるのは太田静六『寝殿造の研究』(吉川弘文館)でしょう。ほとんど唯一とも言える当該分野の大著です。復元図が多数載っているのも便利(しかしその復元には問題を指摘する声も多い)。白河・鳥羽あたりの建築については、杉山信三『院家建築の研究』(吉川弘文館)、院政期研究には必備でしょう。総合的なものでは、『平安京提要』(角川書店)も基本文献の一つです。あまり知られてはいませんが、玉腰芳夫『古代のすまい』(ナカニシヤ出版)という本もあります。最近のものでは、小泉和子・玉井哲雄・黒田日出男編『絵巻物の建築を読む』(東京大学出版会)があげられますね。