最近の書棚から  2000年1月〜6月


尊経閣善本影印集成『色葉字類抄』二(八木書店、2000年1月、定価¥30000)

 2000年1月購入。数ヶ月に一度送られてきて、臨時公事のように代金を収奪していくのが尊経閣善本影印集成です。第1期の儀式書を買い始めてから、ずるずると第3期。第3期の古辞書は2色刷になって定価も跳ね上がりました。ちょっとキツイ。歴史の人間はあまり古辞書を使いませんが、古辞書を見ると「へえ、こんな読みがあるんだ〜」「そうか、こう読んだんだ〜」という発見がしばしばあります。昔、故田中稔先生が古辞書を見るように仰っていたのを思い出します。そのときには研究室に天理図書館善本叢書の古辞書類をかなり買ってもらいましたが、後輩の皆さんは使っているんだろうか?古辞書は品切れになると、古書店価格がとんでもない高額になるので、あるうちに買っておかないといけませんよ。近く勉誠出版が『五本対照改編節用集』を復刊するようです。ちょっと高いですが、これはお勧めです。数年前に手に入らず、全部コピーしたのになあ・・・


内田正男『暦と時の事典[日本の暦と時法]』(雄山閣、1986年5月、定価¥4500)


 2000年2月購入。古記録を読むに際して、難しいのが陰陽道や暦に関する事象です。『日本国語大辞典』(小学館)の説明では、わかったような、よくわからないような感じなんですねえ。暦に関しては、これまで手頃な参考書として広瀬秀雄『日本史小百科 暦』(近藤出版社)を見ていました。しかし、如何せん項目数が少ない。そんなときに、研究会で報告者が引用していたのがこの事典でした。以前から存在は知っていましたが、中身は見ていなかった。こりゃいいぞと思い、早速購入。坎日、凶会日など日の吉凶や太白などの天文関係についても結構詳しく出ています。でも「三合」が出ていないぞ〜。本の帯の「暦のすべてがわかる事典!」というのはちょっと大仰ですが、「暦がある程度わかる事典?!」です。


田中勘兵衛(教忠)『京都市話』上下(田中忠三郎、1932年1月)

 2000年3月購入。世に田中本と呼ばれる良質の文書典籍コレクションのコレクター、田中教忠の著作です。教忠はコレクターであるとともに考証家でもありました。その考証については田中本の典籍の表紙裏や見返しに貼られた勘文にも示されていますが、教忠の書き貯めた手記が多数あり、そのいくつかは子息忠三郎によって和装の影印版として刊行されています。『日野誌』『五条橋考』『六角堂如意輪観世音考』など。本書もその一つです。特色のある教忠の字が懐かしい!『京都市話』と題されてはいますが、内容は桓武天皇以降の即位に関する記録を集めたもので、室町後期の記事が充実しています。活字本からの引用はその旨が記されていますから、何も注記がないのは写本からの引用と思われます。『万里小路惟房記』『広橋兼秀記』『中原康雄記』なんていうマイナーな日記も引いているし、ひょっとすると今まで知られていない逸文があるかも?歴博田中本に含まれる『厳助往年記』『中御門宣光記』『難波宗建自筆随筆』からも記事を引いています。本書を教忠が記したのは明治24年、その後明治天皇の即位に関する小中村清矩の文章などを補っています。いやはや、恐るべし田中教忠!


山本和編『実物和紙手帖』(木耳社、1985年2月、定価¥3500)


 2000年3月購入。先にご紹介した『手漉和紙』(毎日新聞社)に続く和紙の実物貼り込みの第二弾です。代表的な和紙48種が1枚ずつカードに貼られ、名称・産地・原料・寸法と簡単な説明が付いているというもの。ちょっと持ち歩きが困難な『手漉和紙』とは違って、紙の見本として持ち運ぶのにも便利です。手軽な値段ですし、本当は最初に欲しかったのはこっち。しかし品切れで古書店の目録類でも見かけず、諦めていました。それをこのたび漸く発見し、購入した次第です。他の実物貼り込み帳は2〜3万円が普通ですから、これはお勧め。


石井進『中世の村を歩く』朝日選書(朝日新聞社、2000年3月、定価¥1500)


 2000年3月受贈。『週刊朝日百科 日本の歴史』とその別冊から、石井氏執筆の荘園・都市関係の文章を集めて1冊にしたものです。先に刊行された網野氏の『中世的世界とは何だろうか』と同様のコンセプトをもつ朝日選書です。『週刊朝日百科』やその別冊はすでに品切れのようですから、こうした出版も必要でしょう。表紙を開くと先ずは田染荘の棚田の写真が目に飛び込んできます。ん〜ん、さすが棚田学会会長。机の上で文字面の歴史をやっている人間にとって、こういう足を使った研究は刺激があります。取り上げられているのは、黒田荘・新見荘・安曇野・鎌倉・奈良・田染荘・田原別符・大田荘。3年前に行った田染荘のことを思い出します。多くの写真図版が入れられていますが、オリジナルがカラー図版だったのに対し、大半が白黒写真になってしまったのはちょっと残念。


斎木一馬『古記録の研究』上下(吉川弘文館、1989年3月、定価各¥4800)


 2000年3月購入。いまさらと思いましたが、とうとう買ってしまいました(めちゃくちゃ安い古書を見つけたので)。というのも、最近、記録をどう読むべきか、ちょっと考えています。正しい解釈というのは勿論のこと。そうではなくて、「訓み方」という点、国語学的な部分です。それにある程度拘るべきかどうかということなんですねえ。記録語に関する国語学者の論文を少し集めてみましたが、人によって読みが違ったりするから困ります。「参」を「まいる」と読もうが「さんず」と読もうが、「去」を「さる」と読もうが「さんぬる」と読もうが、どっちでも間違いじゃないし、結局は「正確な読み」=内容の正確さ、でいいんじゃないかなあと思ってしまいます。さて、この本、上巻の半分は古記録の紹介、もう半分は記録語に関するものです。これと伊地知鐵男さんの『古文書学提要』所収の「古記録用語特殊解」は目を通しておいて損はありません。今や『国語大辞典』や『広辞苑』をノートパソコンに入れて持ち歩ける時代ですが、伊地知さんのものをコピーして持っていると何かの時に役立ちますよ。


玉井幸助『日記文学概説』(目黒書店、1945年6月、復刻版は国書刊行会、1982年、定価¥13500)


 2000年4月購入。書名からすると土佐日記やら蜻蛉日記・更級日記について書いた本かと思ってしまいますが、実は古記録と言われる漢文日記に関する本です。第1篇は「支那の日記」と題され、中国における「日記」の概観から約550の日記の分類まで話が及びます。最近の古記録に関する辞典的項目などの中国の日記に関する記述はほぼこれによっていると言ってもいいでしょう。第2篇が「我が国の日記」で、第1章「日記の本質」、第2章「日記の発生と展開」、第3章「平安時代に於ける公の日記」、第4章「平安時代の私日記」、第5章「歌合等の日記」、第6章「鎌倉時代以後の日記」と続き、最後に「皇国日記年表略」が付載されています。この本や和田英松氏の研究などを見るに付け、古記録に関する研究は戦前からほとんど進んでいないのではないかと考えさせられてしまいます。復刻版は索引付きで、元号・皇紀併記が元号・西暦併記に直っているという点にメリットがありますが、古書店価格は¥15000前後。初版だと¥1500〜3000くらいの掘り出し物もあります。この本は¥2500でした。


堀田璋左右『訳文吾妻鏡標註』全2冊(名著刊行会、1973年9月、定価各¥5000)


 2000年4月購入。1冊¥800、2冊で¥1600という掘り出し物を買いました。「第一冊」「第二冊」という表記になっている未完の本ですから、本屋さんも端本と勘違いしたのかもしれません。最近、『吾妻鏡』関連の本も気になっていたので、ラッキー!! それにしても、『吾妻鏡』の訓読書の中では、あまり顧みられることのない本ですよねえ。私もこれまで、ほとんど無視してきました。しかし、あらためてみてみると、訓読の付いている寛文版本を底本にして、北条本・吉川本その他で校訂している由。「へえ〜」というようなフリガナが付いていて、「そういう読みもありえるかも」と思うところも、ちらほら。もちろん古辞書等で要確認ですが。


和田英松『国史説苑』(明治書院、1939年3月)


 2000年4月購入。八王子に引っ越して、早3ヶ月。近所の古書店で見付けました。昔の研究書であっても、史料に基づいた基礎的研究や解題的なものは有効性を失っていません。もちろん修正を要するところ、補うべき所は多々ありますが、ツボは押さえているようです。『官職要解』『建武年中行事注解』が文庫化され、『本朝書籍目録考証』『皇室御撰の研究』『国書逸文』が復刻されていることからみても、和田英松の仕事の凄さがわかります。あとは『栄華物語詳解』が文庫化されると嬉しいんだけど。そうそう、近所の新刊本屋で、品切れのハズの『新訂建武年中行事註解』(講談社学術文庫)を売っています(多分一冊のみ)。どうしても欲しいという方には情報提供しまっせ。→完売しました。


小野則秋『日本文庫史研究』上巻(文雅堂、1944年9月)


 2000年5月購入。『日本乃蔵書印』(臨川書店)でも知られる書誌学者の本です。上巻は古代・中世編で、朝廷や公卿家・寺社の文庫・経蔵宝蔵などについて書かれています。今日盛んになった文書館論の先駆的な研究ともいえるでしょう。凡例によると、本来は中巻(近世上)・下巻(近世下・現代)が刊行予定だったようです。しかし、実際は近世・近代の論考を集めた形の下巻のみが1988年に刊行されました(臨川書店)。古書店でもそれなりの値段の本ですが、今回、図書館の廃棄本ということで¥1000の掘り出し物でした。
 そうそう、蔵書印と言えば、いろいろな印譜集が出ていますね。最近では『図書寮叢刊 書陵部蔵書印譜』上下(明治書院、¥15800・¥16000)が刊行されています。『改訂増補内閣文庫蔵書印譜』も国立公文書館に行けば、まだ購入できます。さて、そうした中で便利なのが、国文学研究資料館文献資料部『調査研究報告』第3号(1982年)・第4号(1983年)掲載の「既刊蔵書印影索引稿」(印文篇・人名篇)です。マニアックな唱導類の翻刻ばかりの同誌の中にあって出色です。蔵書印譜もマニアックといえば、それまでですが・・・


群書類従完成会編『群書解題』第1〜第12(群書類従完成会、1982〜1987年)


 2000年5月購入。ようやく買えました。群書解題の本編11冊と書名索引1冊。第13の事項索引は欠の12冊ですが¥30000はお買い得。相場のだいたい半額です。『国書解題』をはじめ、古くから様々な解題書が出ていますが、現時点で実用に堪えうる解題書はそう多くない。そんな中で、『群書解題』はかなり使える方だと思います。もちろんその後の発見・研究によって訂正されるべきところは多々ありますが・・・。その昔、某研究機関の図書室の『群書解題』の置き場は、書棚の最上段。しかも書棚の前にはパソコンラックがあって、取るに取れない。さすがに当時の図書委員長に話して、降ろしてもらいました。膨大な典籍コレクションを持っているのに誰も書誌みたいなことには興味がない。そんなことでいいのかいなと思ったのでした。


佐伯真一校注『三弥井古典文庫 平家物語』下(三弥井書店、2000年4月、定価¥2800)


 2000年5月受贈。平家物語の頭注(脚注)付きテキストはいろいろありますね。新しいところでは岩波書店の新日本古典文学大系とそれを文庫化したものなど。大手出版社の古典文学シリーズで平家物語が入っていないことはまずない。そんな中で国文学専門の小規模な書店が出すからには、これぞという「売り」がないといけない。この本の売りは、ずばり頭注の引用文献の充実とその新鮮さ。平家物語研究はもちろん、歴史研究にも広く・高くアンテナを張っている佐伯氏ならではと言えるでしょう。あとは底本が京師本というちょっとマイナー?な本を使っていることかな。佐伯氏がライフワークにすると仰っている延慶本の注釈書が早くできないかなあ。そうそう、佐伯氏や早川厚一氏らがこれまで大学紀要や私家版の形で出してきた四部合戦状本の注釈の続刊が近く和泉書院から出るとか。


佐藤喜代治『角川小辞典 日本の漢語』(角川書店、1979年10月、定価¥1900)


 2000年5月購入。相変わらず記録の訓み方に悩んでいます。その処方のための1冊。漢語概説、古代の漢語、中世の漢語、近世の漢語、近代の漢語という構成をとっていますが、概説、古代、中世、近世・近代で4分の1ずつというページ配分です。古代・中世の部分には記録でおなじみの語句が並んでいます。例えば「景迹」は「きょうじゃく」と訓むとか、「経営」は「けいめい」と訓むとか、へえ〜と思ってしまいます。それぞれの語について4〜5ページにわたって用例や説明が書かれていますから、とても参考になります。巻末に語彙索引が付いているのも便利。版元品切れらしいので、見付けたら要チェックです。でも、国語学者の訓みって、「それはそうなんだろうけどね・・・」というところがなきにしもあらず。こっちに「間違った」訓みが染みついていますからネエ。この間も、峰岸明氏の論文を見たら、「令〜御」は「〜せしめたまう」ではなく、「〜せしめおわします」と訓むんだと書いてありました。つまり『吾妻鏡』寛永版本の読みは間違い。でも「令〜御」も「令〜給」と同じだって370年間信じてきたんだからさあ。
 ※同じ佐藤氏の『字義字訓辞典』(角川書店、1985年1月、定価¥2398)を2000年6月に購入。常用漢字・人名用漢字のそれぞれについて、漢字の語義を漢籍を引用しながら説明し、日本の古辞書の字訓、人名の名乗りに用いられる場合の訓についても出典を明記して記載しています。巻末に字訓索引つき。


北恭昭編『倭玉篇五本和訓集成』本文篇・索引篇上下(汲古書院、1994〜1995年、定価合計¥44000)
正宗敦夫編『類聚名義抄』全2冊(風間書房、1954〜1955年、定価合計¥44000)
正宗敦夫編『伊呂波字類抄』(風間書房、1988年7月、定価¥11500)


 2000年5月購入。またも古辞書です。国語学者によると平安後期の記録体の読みを調べる基本は類聚名義抄と色葉字類抄だとか。色葉字類抄は先にご紹介しました。類聚名義抄(観智院本)はこの風間書房版と天理善本叢書版が影印刊行されています。天理の方は版元品切れで、古書店では10万円近い値段がつけられています。影印本としての鮮明度は天理の方が上ですが、通常の利用には風間書房版で充分。索引もあるしね。伊呂波字類抄は、色葉字類抄(2巻本・3巻本)よりやや成立年代が下る10巻本のこと。もちろん巻数が多いだけあって語彙も豊富です。「嫡々」なんて言葉も出てくるんです。もうひとつの倭玉篇は漢字辞典で、部首別の配置になっています。汲古書院版は五種類の伝本の本文を提供し(すでに影印本が刊行されている3本は筆耕本で、未刊の2本影印本で)、それらの和訓索引を上下2冊に収めたもの。「一体何と読んだんだろう」と調べるには便利です。ところで、定価合計10万円分の本の代金はどこから出ているのかって? 私の書棚に置いてある本ですが、これらを購入したのは私ではありません。買ったのは同居人なのですよ。妻が科学研究費というもので買ったわけです。そうでもなければ買えませんって。増補続史料大成の『大乗院寺社雑事記』と『多聞院日記』(臨川書店)も同様に書棚に置かれました。


『大曽根章介 日本漢文学論集』全3巻(汲古書院、1998〜1999年、定価各¥14000)


 2000年5月購入。日本漢文学の碩学大曽根氏の遺稿集。漢文学史や『本朝文粋』の文体論から、道真・清行・具平親王・匡房らの伝記はもちろん、平安女流文学・説話・軍記にもテーマは及んでいます。索引も充実。日本の漢文学というと本来正統な学問であったにもかかわらず、仮名文学を主対象とする国文学に対してややマイナーな研究というイメージがありますが、どうして大事な研究ですよ。時代の〈知〉が凝縮されているっていう感じ。平安時代はもちろん、室町だってその流れが脈々と清原宣賢なんかに受け継がれて行くわけですからネエ。これも私が買った本ではありませんが、いい仕事なので紹介したくなりました。『史学雑誌』109-4でも大津透氏が新刊紹介をしています。


峰岸明『平安時代古記録の国語学的研究』(東京大学出版会、1986年2月、定価¥18000)


 2000年5月購入。これは歴史学研究会の時に自分で買いました。このコーナー最近はすっかり国語学・国文学系の本の紹介になってしまいました。これだけ見たら「何もんだ、こいつは?」というような本の並びかもしれません。結構、マニアックかも。歴史の本も買っているのですが、今更紹介しても何ですし、学術論文を集めた著書などはちょっと紹介しづらい。ですから、歴史の研究者は知らないかもしれないけれど、こんな本があるよ〜、という路線でいきましょう。さて、この本は結構有名ですね。93年に重版もされました。記録体・記録語に関する最初のまとまった書物だといってもいいでしょう。3部構成になっていて、記録に直接関係あるのは、序章「記録語研究の意義と構想」、第1部「記録語表記の基盤とその解読方法」、第2部「記録語研究の諸問題」です。そのほとんどは『国語と国文学』『国語学』『文学論藻』などの雑誌や『岩波講座日本語』『講座日本語の語彙』といった講座類、記念論集に発表されたものですが、一冊にまとめられたことと、巻末に索引(事項・語彙・漢字)が付されたことで便利になっています。峰岸氏はこの大部な著書のほかに東京堂出版の国語学叢書の1冊として『変体漢文』(1986年5月)を出されています。要領よくまとまっているこちらの方がお勧めですね(でも残念ながら版元品切れ)。自筆本ということで『御堂関白記』から文体やら用字が取り上げられていることが多いのですが、ほかの記録と比べて『御堂関白記』の文体や用字法はかなりいい加減ですからねえ。一般化するにはちょっと・・・。でも「目から鱗」ということも多い、いい本です。


遙洋子『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(筑摩書房、2000年1月、定価¥1400)


 2000年5月購入。そんじょそこらのタレント本かと思いきや、さにあらず。こういう学問の世界もあるのだなあと思い知らされてしまいます。最後の結論「ケンカの仕方・十箇条」というのは開き直りのようで、あまり好感は持てませんが、全体的にはとてもおもしろい本です。最近の学生に、「君たちは大学に何しに来ているかわからないようだけど、こういう学問しているところもあるんだぞ」と紹介したいような気もします。でも「わからない」「学問って何」「遊びに来ていて何が悪い」「あんたはどうなの」と逆に「十箇条」そのままに切り返されたりして。私の場合、これまでゼミといえば史料読み。先行研究を批判的に検証し、議論し合うというようなゼミを経験したことがありません。歴史学を社会科学と捉えて、理論を組み立てていくタイプの先生は、こうした方法を採る方もいらっしゃるようですが、あまりご縁がありませんでした。そんな私からすると、恐ろしや上野ゼミ。上野さんとは同じ比較家族史学会というのに所属していますが、未だお目にかかったことがありません。あちらが参加する女性学・ジェンダー関係のテーマの時にはこちらが行かず、こちらが参加するテーマの時にはあちらがいらっしゃらずという、入れ違いになったまま10年以上経っていますから。でも、上野ゼミで「文献」に取り組んでいるくらいの姿勢で、「史料」に取り組んでいるつもりではいるのですがね。


銭存訓『中国古代書籍史』(法政大学出版局、1980年9月、定価¥2700)


 2000年6月購入。だんだんはまっていますねえ、その手の世界に。この本は版本以前の中国書誌学の本と言ったらいいでしょうかネエ。日本でも書誌学というと近世の版本や漢籍が中心で、写本といえば和歌集や源氏物語などの文学作品の話。古記録関係の書誌に言及しているものは少ないのが現状です。竹簡あたりの話はともかく、紙と墨以降の話は何かの折りに役立つこともあるでしょう。


玉井幸助『日記文学の研究』(塙書房、1965年10月)


 2000年6月購入。先にご紹介した『日記文学概説』姉妹編です。こちらはいわゆる「日記文学」の研究書で、各説では『土佐日記』『蜻蛉日記』『多武峯少将物語』『和泉式部日記』『紫式部日記』『更級日記』『いぬほし』『四条宮下野集』『成尋阿闍梨母集』『讃岐典侍日記』『健寿御前日記』『建礼門院右京大夫集』『伊勢記』『源家長日記』『海道記』『信生法師日記』『東関紀行』『弁内侍日記』『問はず語り』『うたたね』『十六夜日記』『飛鳥井雅有日記』『中務内侍日記』『竹向が記』が取り上げられています。著名な女房日記・紀行文から、これが日記の仲間かいな?と思ってしまう歌集まで、いろいろと取り上げられています。それはちょっと置いておくとして、総説では日記や日記文学の定義が行われていて、日記文学研究の先駆者の見解を知る上で有益な本です。その後の研究は、ここから出発していると言ってよいでしょう。昔はそこそこ安い値段の古書を見かけることもありましたが、最近はべらぼうに高い本になってしまいました。


中世諸国一宮研究会編『中世諸国一宮の基礎的研究』(岩田書院、2000年2月、定価¥9900)


 2000年6月購入。久しぶりに中世史そのものの本を取り上げましょう。井上寛司氏を中心とする研究会の成果です。科研報告書として一部は出されたようですが、増補改訂版として市販されました。先ずは井上氏による「中世諸国一宮制研究の現状と課題」が置かれ、次に本編ともいうべき「諸国一宮の概要」が国別に掲載されています。その調査項目たるや多岐にわたっており、一宮・二宮以下の名称・所在・初見史料からその神社に関する様々なデータ、さらには国府・惣社・国分寺・守護所にまで及んでいます。国別の参考文献もあり。この国別データだけでも660頁です。すごい! そして「二十二社の研究史と二十二社制」(岡田荘司・藤森馨)、「平安期の国衙機構研究の問題と課題」(中込律子)、「鎌倉期の国衙研究をめぐって」(上島享)。これで¥9900はお得。岩田書院の売れ筋商品になることは、疑いないでしょう。


弓削繁校注『六代勝事記・五代帝王物語』(中世の文学、三弥井書店、2000年6月、定価¥6800)

 2000年6月購入。マイナーな歴史物語です。前者は高倉天皇から後堀河天皇の時代を、後者は後堀河から亀山天皇までを取り上げています。いわゆる「鏡もの」や『栄花物語』に比べると、淡々と事実を記していくという感じで、その点では「面白味」がないと言われてしまうかも知れません。古くは群書類従に収められ、近年は弓削氏の解説が付された和泉影印叢刊(和泉書院)も出されていましたが、今度の刊行で詳細な頭注・補注が施され、使いやすくなりました。巻末に参考文献の一覧や人名索引が付いているのも便利です。数年前、口語訳・注釈がないのをこれ幸いと、短大のゼミの講読テキストに使ったことがありました。注釈類が充実してくると、ますます学生が勉強しなくなるんじゃないかなあ。ある程度のレベルがあれば、注釈の間違い探しもできるけどねえ・・・