出版物年末回顧―日本中世史―



 このページは、『週刊読書人』の年末企画、「○○○○年回顧―動向収穫―」の筆者執筆分を載せたものです。


2012年(第2970号)

 今年もやはり室町時代史を中心に取り上げることになった。若手研究者によるこの分野の実証的な研究が活発で、それが新しい動向に注目する編集者のアンテナにうまく同調したことの証であろう。
 小川剛生『足利義満』(中公新書)は、新書の枠を超えた重厚な義満論。公家政治の体現者でもあった義満に注目して、中世の政治・経済・外交・文化の縮図としての義満の大きさを余すところなく示す。歴史と文学の境界などものともしない著者の知識と感性にはただただ脱帽するばかりである。早島大祐『足軽の誕生』(朝日選書)は、応仁・文明の乱で足軽が大量に発生した背景を、首都京都における政治・経済・社会の変化の中に探る。橋本雄『偽りの外交使節』(吉川弘文館)は、日明貿易の陰に隠れがちな日朝関係に注目して、現代人の理解を超える多様な外交のあり方を描く。
 いずれも史料を丹念に読み込んだ地道な研究成果を踏まえたものであり、一般読者もこの三冊で、最新の室町時代史のエッセンスに触れることができるだろう。
 呉座勇一『一揆の原理』(洋泉社)は、「一揆」がもつ階級闘争史観のイメージを克服し、縁や契約で結びついた「人のつながり」としての一揆の実像を明らかにした。ソーシャルネットワーク、脱原発デモなどにも注目して、歴史学から現代に問いかける。富をめぐる経済システムという視点から中世の流れをたどる本郷恵子『蕩尽する中世』(新潮選書)も現代的関心から中世を見つめることができる一冊。北川智子『ハーバード白熱日本史教室』(新潮新書)は学問的には問題が多いが、魅せる努力をしていない教育者・研究者への警鐘としては評価できよう。
 黒田日出男『国宝神護寺三像とは何か』(角川選書)は、伝源頼朝像を足利直義像と考える「直義派」が「頼朝派」の息を止めるべく発した一撃。「頼朝派」の反撃は可能か?
 服部英雄『河原ノ者・非人・秀吉』(山川出版社)は、豊臣秀吉の出自を探った後半部分が注目されているが、中世の身分制や差別について書かれた前半部分も興味深い。
 富田正弘『中世公家政治文書論』(吉川弘文館)、山本隆志『東国における武士勢力の成立と展開』、三島暁子『天皇・将軍・地下楽人の室町音楽史』(以上、思文閣出版)、上川通夫『日本中世仏教と東アジア世界』(塙書房)、佐藤雄基『中世初期の文書と訴訟』(山川出版社)など多数の専門書の刊行もあった。


2011年(第2920号)

 近年の中世史学界では室町幕府研究が盛行である。朝廷・寺社との関係や儀礼、外交などに関心が向けられ、新たな展開を見せている。こうした研究動向を反映する早島大祐『室町幕府論』(講談社選書メチエ)が昨年末に刊行され、今年も森茂暁『室町幕府崩壊』(角川選書)、山田康弘『戦国時代の足利将軍』(吉川弘文館)、三枝暁子『比叡山と室町幕府』(東京大学出版会)、下坂守『京を支配する山法師たち』(吉川弘文館)、橋本雄『中華幻想』(勉誠出版)などが刊行された。桜井英治『贈与の歴史学』(中公新書)は、室町時代の贈答を経済システムとして捉え、中世社会の贈与慣行の様々な側面を浮かび上がらせる。手堅い事例研究に経済学・人類学の理論がちりばめられ、かつての新書が持っていた上質の教養書の香りを漂わせている。井原今朝男『日本中世債務史の研究』(東京大学出版会)は貸借関係をめぐる中世社会の慣行を明らかにし、勝俣鎮夫『中世社会の基層をさぐる』(山川出版社)は慣行の中に中世人の心性を見出す。
 鎌倉時代史は若干低調であったが、細川重男『北条氏と鎌倉幕府』(講談社選書メチエ)が劇画風の文体を交えたことで話題となった。象牙の塔に閉じこもり、学問の裾野を広げる努力をしない(できない)「学者」が多い中、一つの試みとして評価したい。高橋慎一朗編『列島の鎌倉時代』(高志書院)は、各地の事例から地域社会のあり方を探っている。
 遠藤珠紀『中世朝廷の官司制度』(吉川弘文館)、樋口健太郎『中世摂関家の家と権力』、田中大喜『中世武士団構造の研究』、市沢哲『日本中世公家政治史の研究』(以上、校倉書房)、藤本頼人『中世の河海と地域社会』(高志書院)など、中堅・若手研究者による専門書も多かった。一般書の新シリーズ『天皇の歴史』(講談社)では、河内祥輔・新田一郎『天皇と中世の武家』のほか、『天皇と芸能』にも中世関連の論考が収められている。
 大河ドラマ「平清盛」関連書は、新刊あり復刊あり、硬軟とりまぜて書店に溢れている。とりあえず、高橋昌明編『別冊太陽 平清盛』(平凡社)、上杉和彦『平清盛』(山川出版社)、五味文彦『西行と清盛』(新潮選書)を挙げておく。遠藤基郎『後白河上皇』、五味文彦『後白河院』(以上、山川出版社)などの政治史・芸能史研究、元木泰雄『河内源氏』(中公新書)の武士論など、最新の研究成果を反映したドラマとなるであろうか。



2010年(第2870号)

 平城京で盛り上がりを見せた古代史のみならず、中世史でも考古学の研究成果をふまえた都市史研究が活況であった。次々とシリーズ企画をうつ吉川弘文館から『史跡で読む日本の歴史』として高橋慎一朗編『鎌倉の世界』、服部英雄編『アジアの中の日本』が出たほか、一般書では、秋山哲雄『都市鎌倉の中世史』(吉川弘文館)、高橋慎一朗『中世都市の力』(高志書院)、鋤柄俊夫『日本中世都市の見方・歩き方』(昭和堂)、専門書では桃崎有一郎『中世都市の空間構造と礼節体系』(思文閣出版)、仁木宏『京都の都市共同体と権力』(思文閣出版)、齋藤慎一『中世東国の道と城館』(東京大学出版会)、佐藤鉄太郎『元寇後の城郭都市博多』(海鳥社)、千田嘉博・矢田俊文編『都市と城館の中世』(高志書院)、盛本昌広『中世南関東の港湾都市と流通』(岩田書院)、中世都市研究会編『都市を区切る』(山川出版社)、小野正敏ほか編『中世はどう変わったか』(高志書院)などが刊行された。
 『日本の対外関係』(吉川弘文館)は、進展著しいこの分野の研究到達点を示す。中世分としては『倭寇と「日本国王」』『通交・通商圏の拡大』の二冊が本年刊行された。学界共有の古典的業績も『新編森克己著作集』(勉誠出版)として刊行中である。
 自立していた戦国の村のあり方や暮らしぶりを描く藤木久志『中世民衆の世界』(岩波新書)、キリスト教や一向一揆から戦国時代を捉え直す神田千里『宗教で読む戦国時代』(講談社選書メチエ)は、戦国時代に対する一般的なイメージを大きく変える良書。
 講談社選書メチエからは、「シリーズ選書日本中世史」として本郷和人『武人による政治の誕生』、東島誠『自由にしてケシカラン人々の世紀』、本郷恵子『将軍権力の発見』、榎本渉『僧侶と海商たちの東シナ海』という個性的な四冊が刊行された。目を見開かされたもの、うなずきながら安心して読めたものもあったが、事実認識や感性の違いからか、ついつい首をかしげてしまうものあった。
 山川出版社の「日本史リブレット 人」では、高橋典幸『源頼朝』、佐々木馨『日蓮と一遍』、福島金治『北条時宗と安達泰盛』、伊藤喜良『足利義満』が出版されたが、限られた紙数で人物像を描くのはなかなか難しい。
 上島享の大著『日本中世社会の形成と王権』(名古屋大学出版会)は、王権・宗教・社会経済の視点から、中世社会形成の歴史的過程を総合的に探ろうとする。上島の問題提起にどう答えていくか、今後の中世史研究の課題の一つとなろう。


2009年 (第2819号)

 今年最大の成果は義江彰夫『鎌倉幕府守護職成立史の研究』(吉川弘文館)であろう。姉妹編『鎌倉幕府地頭職成立史の研究』(東京大学出版会)から三〇年以上の年月を経て刊行された大著で、最近に至るまでの研究史をたどり、限られた史料を綿密に検討して、鎌倉幕府にとって重要な守護制度の実態解明に挑む。既発表論文を並べただけの専門書が多い中で、大半を書き下ろし、既発表論文についても付記の形で最新の見解を示した著者に敬意を表したい。
 人生の最終コーナーを回ったと自称する峰岸純夫が著書を立て続けに発表。『中世荘園公領制と流通』(岩田書院)『中世の合戦と城郭』(高志書院)はこれまでの仕事をまとめたものであるが、『足利尊氏と直義』(吉川弘文館)は書き下ろしであり、そのバイタリティには頭が下がる。吉川弘文館「人物叢書」の今泉淑夫『世阿弥』、川岡勉『山名宗全』、森幸夫『北条重時』、田淵句美子『阿仏尼』、ミネルヴァ書房「日本評伝選」の笹本正治『真田氏三代』、岡野友彦『北畠親房』が刊行され、山川出版社の新シリーズ「日本史リブレット 人」の永井晋『北条高時と金沢貞顕』も出されて、人物史に活気があった。
 松岡心平編『看聞日記と中世文化』(森話社)は、歴史・文学・演劇・美術など諸分野の研究者が、話題の宝庫のような日記史料を題材に伏見宮家と中世文化を論じる。小峯和明『中世法会文芸論』(笠間書院)は奥深い中世文化の別世界の存在を提起する。今年話題の一つであった冷泉家の祖、藤原定家に関しては、日記の一部に現代語訳・注釈を加えた三井記念美術館・明月記研究会編『国宝熊野御幸記』(八木書店)が刊行された。後藤みち子『戦国を生きた公家の妻たち』(吉川弘文館)は公家日記を用いて、一般には知られていない戦国時代の公家女性の日常を復元する。
 近年注目を集めている都市史の分野では、山田邦和『京都都市史の研究』(吉川弘文館)が文献史学にとっても有益。日本と西洋の中世都市を取り上げた高橋慎一朗・千葉敏之編『中世の都市』(東京大学出版会)もあった。中世の通史シリーズ「日本中世の歴史」(吉川弘文館)として刊行された木村茂光『中世社会の成り立ち』、福島正樹『院政と武士の登場』、川合康『源平の内乱と公武政権』、小林一岳『元寇と南北朝の動乱』、山田邦明『室町の平和』、池享『戦国大名と一揆』には様々な評価があるかもしれない。


2008年 (第2769号)

 榎原雅治『中世の東海道をゆく』(中公新書)は、渡河や干潟の潮待ちを必要とする中世の旅と景観を復原し、読者を江戸時代の五十三次とはまったく異なる東海道へと誘う。孫引きによって流布した通説に対する文献史料からの批判は手堅く、紀行文を自然科学のデータや考古学の成果などで裏付けていく手法にも説得力がある。小川剛生『武士はなぜ歌を詠むのか』(角川叢書)は、将軍や戦国大名たちの詠歌や歌集編纂などの活動を政治的な動きの中に位置付け、彼らにとって和歌が教養のみならず、政治そのものであったことを示す。著者の広範な知識と実証力に裏付けられた本書は、和歌や古典書写等の活動に目を向けてこなかった歴史研究に刺激を与えるに違いない。
 「全集日本の歴史」(小学館)の五味文彦『躍動する中世』、本郷恵子『京・鎌倉 ふたつの王権』、安田次郎『走る悪党、蜂起する土民』、山田邦明『戦国の活力』は、著者の個性を散りばめつつ、近年の研究動向を踏まえた通史を描く。市沢哲編『太平記を読む』(吉川弘文館)は「歴史と古典」の新シリーズ。大山喬平編『中世裁許状の研究』(塙書房)、北条氏研究会編『北条時宗の時代』(八木書店)、村井章介編『「人のつながり」の中世』(山川出版社)、海津一朗編『中世終焉』(清文堂出版)など、様々な研究会やシンポジウムの成果刊行も目立った。中でも上横手雅敬編『鎌倉時代の権力と制度』(思文閣出版)は、編者が孫世代の若手研究者と毎月行っている研究会の成果を収め、充実している。短命な新刊書が次々と生み出される一方で、森茂暁『南北朝公武関係史の研究』(思文閣出版)、丹生谷哲一『検非違使』(平凡社ライブラリー)、笹本正治『中世の音・近世の音』、藤木久志『戦国の作法』(ともに講談社学術文庫)など、入手不能だった名著が復刊されたのは朗報。史料集では鎌倉時代史研究に不可欠な『鎌倉遺文』(東京堂出版)が検索に便利なCD-ROM版となり、『南北朝遺文』(同)は関東編に続いて東北編がスタートした。また、拙編『新訂吉記』(和泉書院)は索引・解題編で全四冊が完結した。


2007年 (第2717号)

 「鎌倉時代の基本史料を読んでみたい」そんな歴史愛好家の期待に応えるべく五味文彦・本郷和人編『現代語訳吾妻鏡』(吉川弘文館)の刊行が始まった。テキストそのものについての研究も進んでいない中での刊行であり、賛否の分かれるところであろうが、一つの試みとして高く評価したい。
 『網野善彦著作集』(岩波書店)『永原慶二著作選集』(吉川弘文館)は、二人の偉大な中世史家の足跡を体系的にたどるというコンセプトではあるが、両氏の著作には現在でも入手可能なものが多く、ウェブを通じた古書検索や図書館ネットワークが充実してきた中で、メモリアル以上の意義を見出しがたくなっていることも否めない。
 峰岸純夫ほか編『中世武家系図の史料論』上下(高志書院)は系図史料に正面から取り組んだ点で画期的な論集。史料の中の用語に着目した『「鎌倉遺文」にみる中世のことば辞典』(東京堂出版)も注目される。玉石混淆の研究書の中で、黒田智『中世肖像の文化史』(ぺりかん社)は玉の一つ。中世後期研究会編『室町・戦国期研究を読みなおす』(思文閣出版)は、新進気鋭の著者たちと出版社の意欲を感じさせた。勝山清次編『南都寺院文書の世界』(思文閣出版)は、入手しがたかった科学研究費補助金研究成果報告書の公刊。環境史が注目される中で、藤木久志編『日本中世気象災害史年表稿』(高志書院)はその基礎史料となるだろう。
 一般書では、元木泰雄『源義経』、蔵持重裕『声と顔の中世史』、野口実『源氏と坂東武士』、今泉淑夫『一休とは何か』など、吉川弘文館の「歴史文化ライブラリー」が充実していた。また、同社の「戦争の日本史」からは、上杉和彦『源平の争乱』、森茂暁『南北朝の動乱』、神田千里『一向一揆と石山合戦』などが出ている。「日本史リブレット」(山川出版社)は、千々和到『板碑と石塔の祈り』などを刊行して第一期が完結した。
 昨年惜しまれつつ閉会した続群書類従完成会の出版事業を八木書店が継承することになり、既刊書の販売継続のほか、「史料纂集」の新刊も出された。「東京大学史料編纂所影印叢書」など良質の影印本の刊行とともに期待したい。


2006年 (第2668号)

 研究者がほぼ共有している学説(あるいは新説)と一般的な「常識」との溝を埋める役割を果たしてきた新書が軽薄化する中で、最新の研究成果に基づき、平安時代前期から室町時代までの政治史を上皇による院政という視点から丹念に描いた美川圭『院政』(中公新書)が注目される。院政の場や空間、都市京都に着目した高橋昌明編『院政期の内裏・大内裏と院御所』(文理閣)、大村拓生『中世京都首都論』(吉川弘文館)、高橋康夫編『中世都市研究12 中世のなかの「京都」』(新人物往来社)、王家(天皇家)のあり方や王権と結びついた芸能を取り上げた丸山仁『院政期の王家と勅願寺』(高志書院)、野村育世『家族史としての女院論』(校倉書房)、豊永聡美『中世の天皇と音楽』(吉川弘文館)、沖本幸子『今様の時代』(東京大学出版会)、五味文彦『中世社会史料論』(校倉書房)、文学研究からアプローチする小峯和明『院政期文学論』(笠間書院)など、この時代に関する研究書も多数刊行された。
 村井章介『境界をまたぐ人びと』、山川均『石造物が語る中世職能集団』が刊行された日本史リブレット(山川出版社)も新しい視点と研究成果をわかりやすく提供している。清水克行『喧嘩両成敗の誕生』(講談社選書メチエ)は読者を中世人の心性の世界に引き込んでいく好著。皇国史観で知られる中世史研究者の伝記、若井敏明『平泉澄』(ミネルヴァ書房)も面白かった。井上宗雄『京極為兼』(吉川弘文館)は歌人伝研究の第一人者による手堅い成果。歴史研究者らを交えたシンポジウムの記録である中世文学会編『中世文学研究は日本文化を解明できるか』(笠間書院)は中世史研究にとっても示唆に富んでいる。
 宮内庁書陵部で古典籍の修補に従事してきた著者が書陵部所蔵本の実例をフルカラー図版で紹介しながら装訂などについて解説する櫛笥節男『書庫渉獵』(おうふう)は、ひと味違った書誌学の入門書として中世史に関心をもっている読者にも勧めたい。
 最後に、史料纂集や補任シリーズなどの良質な史料集・工具書を刊行してきた続群書類従完成会倒産の報は、地道な学問を志す者にとって暗澹たる思いを残した。


2005年 (第2618号)

 佐藤進一ほか編『中世法制史料集』全七巻(岩波書店)が一九五五年の第一巻刊行から五〇年を経て完結した。竹内理三編『平安遺文』『鎌倉遺文』(東京堂出版)と双璧をなす業績として、これからも中世史研究を支えていくだろう。既刊分は増刷の度に補訂されているが、出版社にはその情報をウェブサイトなどを通じて提供していただきたい。編者がすべて故人となってしまった『講座日本荘園史』全一〇巻(吉川弘文館)、中世の作品が多数収録された『新日本古典文学大系』全一〇五巻(岩波書店)も、ともに一六年をかけて完結した。
 人物叢書(吉川弘文館)が峰岸純夫『新田義貞』、上杉和彦『大江広元』、瀬野精一郎『足利直冬』の三点を刊行。戦前のヒーロー新田義貞の伝記は、封印が解かれたかのように山本隆志著のミネルヴァ書房版も刊行された。中世史の概説書をコンスタントに出版している既存のシリーズ物に加えて、新シリーズ『物語の舞台を歩く』(山川出版社)が始まり、佐伯真一『平家物語』、坂井孝一『曾我物語』、田淵句美子『十六夜日記』、五味文彦『義経記』が配本された。ほかにも源義経・山内一豊をテーマにした大河ドラマの関連本が多数刊行されたことはいうまでもない。
 研究書では、中原俊章『中世王権と支配構造』(吉川弘文館)、佐藤鉄太郎『蒙古襲来絵詞と竹崎季長の研究』(錦正社)、『中世一宮制の歴史的展開』(岩田書院)などが注目される。今年も多くの中世史・中世考古学の研究書を世に送り出した高志書院の奮闘ぶりにはただただ驚くばかりである。建築史の川本重雄『寝殿造の空間と儀式』(中央公論美術出版)や美術史の『講座日本美術史』(東京大学出版会)、若杉準治編『日本の美術 似絵』(至文堂)、中世文学からの『延慶本平家物語全注釈』(汲古書院)、『春日権現験記絵注解』(和泉書院)、中村文『後白河院時代歌人伝の研究』(笠間書院)などは中世史研究にとっても有益な出版物であった。


2004年 (第2568号)

 長く日本中世史学界をリードし、後進に大きな影響を与えてきた網野善彦氏・永原慶二氏が相次いで鬼籍に入られた。永原氏の遺著『苧麻・絹・木綿の社会史』(吉川弘文館)は、衣服原料の社会経済史的分析から古代〜中世の社会を描き、身近なところにこそ歴史のダイナミズムがあることをつくづくと感じさせる。「網野史学」の形成過程を、親密な時間を共有した甥の宗教学者の視点で描いた中沢新一『僕の叔父さん 網野善彦』(集英社新書)は、史学史的にも興味深い。また、『石井進著作集』全一〇巻(岩波書店)の刊行も始まった。『中世都市研究』(新人物往来社)や『中世都市鎌倉の実像と境界』『中世のみちを探る』(以上、高志書院)は、網野・石井両氏が先導した文献史学と考古学との協業の成果である。その先にあるのは前川要編『中世総合資料学の可能性』(新人物往来社)がめざす学融合であろうか。
 河音能平ほか編『延暦寺と中世社会』(法蔵館)、勝俣鎮夫編『寺院・検断・徳政』(山川出版社)はともに地道な研究会の成果で、前者は中世延暦寺を多角的に論じた初めての論集でもある。講読史料に出てきた語句を解説した後者の「用語編」は秀逸。水野章二編『中世村落の景観と環境』(思文閣出版)、飯沼賢司『環境歴史学とはなにか』(山川出版社)は荘園調査の成果を環境歴史学の視点で紹介している。歴史学研究会・日本史研究会編の二〇年ぶりの講座『中世の形成』『中世社会の構造』(東京大学出版会)は、ある種の古さを引きずりつつも、実証的な研究成果や新しい方向性をうまく取り入れている。
 来年の大河ドラマ「義経」を意識した刊行物も多かったが、その中で、長らく品切れとなっていた高橋昌明『清盛以前』(文理閣)が増補改訂版の形で再版されたのは朗報。五味文彦『書物の中世史』(みすず書房、昨年末刊)や川合康『鎌倉幕府成立史の研究』(校倉書房)などの重厚な著作も特筆される。


2003年 (第2518号)

 分野別の辞典を相次いで刊行している吉川弘文館から、瀬野精一郎編『日本荘園史大辞典』が出版された。近年の研究成果をうけて、『国史大辞典』の関連項目に大幅な補筆、追加を行い、一覧表、索引等を充実させている。
 昨年から刊行が始まった各出版社のシリーズ物で、中世該当巻が相次いで刊行された。『日本の時代史』(吉川弘文館)では、五味文彦編『京・鎌倉の王権』、近藤成一編『モンゴルの襲来』、村井章介編『南北朝の動乱』、榎原雅治編『一揆の時代』、有光友学編『戦国の地域国家』が刊行され、『日本史リブレット』(山川出版社)も、河内祥輔『中世の天皇観』、末木文美士『中世の神と仏』、尾上陽介『中世の日記の世界』が出された。とくに『中世の日記の世界』は、自筆日記のモノ資料としての側面にも注目し、記主の筆録意識も視野に入れる日記研究の最前線を知ることが出来る。京都大学総合博物館編『日記が開く歴史の扉』(思文閣出版)は日記研究の一助となる図録。『日本の中世』(中央公論新社)も、佐伯弘次『モンゴル襲来の衝撃』、網野善彦・横井清『都市と職能民の活動』、村井章介『分裂する王権と社会』で完結した。
 美川圭『白河法皇』(日本放送出版協会)、永井晋『金沢貞顕』(吉川弘文館)は、重要人物の初めての本格的伝記であり、今谷明『京極為兼』(ミネルヴァ書房)、小川剛生『南北朝の宮廷誌―二条良基の仮名日記―』(臨川書店)は、中世文学研究と中世史研究の接点となる人物を取り上げる。稲村栄一『訓注明月記』全八冊(松江今井書店)は地方出版が拾い上げた労作。また、斉藤研一『子どもの中世史』、勝田至『死者たちの中世』(ともに吉川弘文館)は、社会史の新たな展開を予感させる。
 日本史及び隣接領域の研究史上の重要な著作について、可能な限り著者が自著の解題を執筆するというユニークな黒田日出男ほか編『日本史文献事典』(弘文堂)や、永原慶二『二〇世紀日本の歴史学』(吉川弘文館)も史学史に寄与する有意義な出版物であった。


2002年 (第2468号)

 『日本の中世』(中央公論新社)の刊行が始まり、本年は石井進『中世のかたち』、大隅和雄『信心の世界、遁世者の心』、笹本正治『異郷を結ぶ商人と職人』、田端泰子ほか『女人、老人、子ども』、入間田宣夫ほか『北の平泉、南の琉球』、五味文彦ほか『中世文化の美と力』、神田千里『戦国乱世を生きる力』、上横手雅敬ほか『院政と平氏、鎌倉政権』の八冊が刊行された。研究の到達点を意識して多数の執筆者を起用した『日本の古代』『日本の近世』シリーズとは趣が異なり、執筆者がこれまでの研究をもとに独自の世界を醸し出しているものもある。中世歌謡を五味文彦流に読み解いていく『梁塵秘抄のうたと絵』(文春新書)は、読者を中世社会に誘う一冊。佐藤弘夫『偽書の精神史』(講談社選書メチエ)は中世の宗教的世界の奥深さを描いた。丹念に史料を解説しながら戦国大名たちの情報伝達を追う山田邦明『戦国のコミュニケーション』(吉川弘文館)は「戦国好き」に読んでもらいたい好著。長らく手に入りにくかった横井清『室町時代の一皇族の生涯』、今谷明『戦国時代の貴族』が講談社学術文庫として刊行されたのもうれしい。
 研究書では、斎藤慎一『中世東国の領域と城館』(吉川弘文館)、松岡進『戦国期城館群の景観』(校倉書房)、村田修三編『新視点中世城郭研究論集』(新人物往来社)、千田嘉博・小島道裕編『天下統一と城』(塙書房)など城郭研究に見るべきものが多かった。後藤みち子『中世公家の家と女性』(吉川弘文館)、黒田弘子『女性からみた中世社会と法』(校倉書房)は、中世女性史研究の高水準を示す。
 佐藤進一ほか編『大乗院寺社雑事記紙背文書』(勉誠出版)、今江廣道編『前田本『玉燭宝典』紙背文書とその研究』(続群書類従完成会)などの史料集の刊行も特筆される。なかでも東京大学史料編纂所編『花押かがみ』五(吉川弘文館)は待望の出版である。


2001年 (第2418号)

 今年も大河ドラマ関連の書籍が多数刊行されたが、第一人者が時宗の生涯を手堅くまとめた川添昭二『北条時宗』(人物叢書、吉川弘文館)、安達泰盛に着目して鎌倉後期の政治史を描き出した村井章介『北条時宗と蒙古襲来』(日本放送出版協会)は特筆されよう。10月に急逝した中世史の泰斗、石井進の書き下ろし『鎌倉びとの声を聞く』(日本放送出版協会)は歴史家の視点で「蒙古襲来絵詞」を読み解いていく。謎の多いこの絵巻を最新の美術史研究の成果等を踏まえてさらに読み込んでいく作業は、我々に残された課題でもあろう。北条氏研究会編『北条氏系譜人名辞典』(新人物往来社)は、研究の基礎データを収めるが、もう少し価格を抑えられなかったものか。
 講談社の『日本の歴史』からは、下向井龍彦『武士の成長と院政』、山本幸司『頼朝の天下草創』、筧雅博『蒙古襲来と徳政令』、新田一郎『太平記の時代』、桜井英治『室町人の精神』、久留島典子『一揆と戦国大名』、大石直正ほか『周縁から見た中世日本』が続々と刊行された。オーソドックスさと目新しさ、研究成果の消化・敷衍と独自性とのバランスの難しさをつくづく感じるが、故石井進らの研究が教え子の世代に着実に受け継がれているのは確かである。『院政期文化論集』(森話社)の『権力と文化』や、新しい視点からの分野別通史を目指す『新体系日本史』(山川出版社)の『都市社会史』『法社会史』にも若手・中堅による好論が収められている。
 小野正敏編『図解・日本の中世遺跡』(東京大学出版会)は、近年飛躍的に進展した考古学的研究の図版データ・研究到達点が一覧でき、勉強になる本。上巻の刊行から30年を経て完成した皆川完一・山本信吉編『国史大系書目解題』下巻(吉川弘文館)は、復刊された上巻とともに、国史大系所収の史料を使う上で必備の書となろう。


2000年 (第2367号)

 網野善彦・笠松宏至『中世の裁判を読み解く』(学生社)がいい。中世法制史研究の第一人者で古文書読みの「達人」笠松氏と中世土地制度史研究者の網野氏が、それぞれの知識を活かして二通の古文書を解説していくというもの。対談という平易な形式をとるが、その発言には蘊蓄がある。続刊を期待するとともに、中世史を学ぼうという学生や『「日本」とは何か』(日本の歴史00、講談社)などで日本社会論を展開する近年の網野氏しか知らない一般読者にも勧めたい。
 服部英雄『地名の歴史学』(角川書店)、瀬田勝哉『木が語る中世』(朝日新聞社)、藤本正行『鎧をまとう人びと』(吉川弘文館)など、個性的な研究テーマを持つ「その道の達人」による概説書に良書が多かった。専門書では、百瀬今朝雄『弘安書札礼の研究』(東京大学出版会)、黒田日出男『中世荘園絵図の解釈学』(東京大学出版会)、川端新『荘園制成立史の研究』(思文閣出版)などが特筆されよう。中世諸国一宮制研究会編『中世諸国一宮制の基礎的研究』(岩田書院)も貴重な研究成果をまとめている。
 世紀の変わり目に際し、近年の主要研究論文を集めて研究の到達点と今後の課題を示す『展望日本歴史』(東京堂出版)の刊行が始まり、中世史関係では『同8荘園公領制』『同10南北朝内乱』が出た。また、『今日の古文書学3中世』(雄山閣出版)は新しい視点から古文書学の再構築を目指す。
 来年のNHK大河ドラマ「北条時宗」にちなんだ出版も相次いだ。数ある関連本の中で、奥富敬之『時頼と時宗』(日本放送出版)、工藤敬一『北条時宗とその時代』(平凡社)、『北条時宗』(別冊歴史読本、新人物往来社)、『蒙古襲来と北条氏の戦略』(成美堂出版)などが、ある程度の学問的水準を満たしている。これが一時的なブームではなく、細川重男『鎌倉政権得宗専制論』(吉川弘文館)のような鎌倉後期政治史研究に結実することを期待したい。


1999年 (第2316号)

 中世史の分野で近年ひときわ注目されているテーマが対外関係史である。その第一人者、村井章介『中世日本の内と外』(筑摩書房)が刊行された。平易な入門書ながら、鎌倉幕府と高麗武人政治との比較史などの興味深い論点も提示されている。村井や田中健夫らが編集委員となって完成させた大部の『対外関係史総合年表』(吉川弘文館)は今後学界の共有財産となるだろう。日宋貿易の推進者としても知られる平清盛を描く五味文彦『平清盛』(人物叢書、吉川弘文館)は、人物史の枠を越えて院政時代史を活写する好著。同じ人物叢書の田辺久子『上杉憲実』は知る人ぞ知る人物を手堅く押さえている。
 第五巻『人生の階段』と索引の刊行で、多数の絵巻や中世説話がビジュアルに展開する高価な絵本『いまは昔むかしは今』(福音館書店)が一五年の歳月をかけて完結。小学生からお年寄りまで、だれもが楽しめるというコンセプトであるが、内容の濃さには目を見張る。歴史学・国文学・美術史学の協業の大きな成果である。編者の一人でもある網野善彦の『古文書返却の旅』(中公新書)は史学史的記録としても意味のある一冊であった。
 千葉氏などの東国武士団研究の史料としても重視される異本平家物語の一つ『源平闘諍録』上(福田豊彦・服部幸造訳注、講談社学術文庫)は、これまで入手しにくかった史料だけに文庫本の形で手軽に利用できるのはありがたい。福田豊彦監修『吾妻鏡・玉葉データベース(CDーROM版)』(吉川弘文館)は、いよいよ中世史研究にもデジタル化の波がやってきたことを実感させた。検索機能が命だけに、本文の校合には万全を期してもらいたい。一方、宮崎康充編『検非違使補任』(続群書類従完成会)は未刊史料に至るまで史料を丹念に博捜して作り上げた労作。同会からは長らく品切れとなっていた『園太暦』の再刊もみた。必ずしも良好とは言えない現在の出版事情のなか、史料集や便利な補任類の地道な刊行には敬意を払いたい。


1998年 (第2266号)

 中世史研究に荘園制研究が占める比率は高い。ところが荘園史を通観した概説書となると、四〇年前の故安田元久の著作にまで溯るから、今日の研究レベルで一般の参考に供することができるものは事実上ないに等しかった。そうした中で荘園史研究の第一人者、永原慶二により『荘園』(吉川弘文館)がまとめられたのが、本年の最も大きな成果のひとつだろう。荘園研究のための基礎データが国立歴史民俗博物館編『日本荘園資料』(吉川弘文館)として刊行されたのも意義深い。研究書としては小山靖憲『中世寺社と荘園制』(塙書房)、稲葉継陽『戦国時代の荘園制と村落』(校倉書房)があった。
 中堅・若手研究者の学術書の刊行は今年も盛況で、文芸作品を通して中世社会像を探った保立道久『物語の中世』(東京大学出版会)、信仰・教団の実像と政治権力との関係を論じる神田千里『一向一揆と戦国社会』(吉川弘文館)、下級官人や朝廷財政の実態を手堅く論証した本郷恵子『中世公家政権の研究』(東京大学出版会)、伊勢と東国を結ぶ海運の具体像を示した綿貫友子『中世東国の太平洋海運』(東京大学出版会)や、村落史研究に短くも大きな足跡を残した田中克行の遺稿集『中世の惣村と文書』(山川出版社)などが注目される。
 また、研究を進める上で、基礎となる史料集・道具類は欠かせないが、長らく品切れとなっていた『新訂増補国史大系』(吉川弘文館)、『言継卿記』(続群書類従完成会)、多賀宗隼『玉葉索引』(吉川弘文館)が復刊され、佐藤進一・百瀬今朝雄編『中世法制史料集第四巻武家家法2』(岩波書店)、永井晋編『官史補任』(続群書類従完成会)が刊行されたことは益するところ大である。
 最後に、史料を「読む」本を三冊。五味文彦編『日記に中世を読む』(吉川弘文館)は中世の日記史料に初めて本格的に取り組み、黒田日出男編『肖像画を読む』(角川書店)は歴史学・美術史の双方から肖像画にイメージの歴史を読む。上島有ほか編『東寺百合文書を読む』(思文閣出版)は文書史料の魅力を伝える一冊であった。


1997年 (第2216号)

 本年も斯界の碩学から若手研究者まで実に多くの学術書・一般書が刊行された。中でも現在の若手研究者に大きな影響を与えている笠松宏至と藤木久志の著書が注目される。笠松『中世人との対話』(東京大学出版会)は、契約や安堵といった中世法の世界を探る一方、「身の暇」などのなじみ深い言葉から読者を中世の世界に誘ってくれる。史料の読解では定評のある著者の豊富な知識と高い見識が随所にあふれている。藤木の『村と領主の戦国世界』(東京大学出版会)『戦国の村を行く』(朝日選書)は、戦国の時代を生き抜くための村の習俗を分析し、領主との関係を村の視点から捉え直して「自力の村」とたくましい民衆の姿を描き出す。戦国大名の城取りゲームの中で蹂躙され続ける民衆という一般的なイメージを覆す新しい社会像が着実に積み重ねられている。村井章介『海から見た戦国日本』(ちくま新書)もまたこれまでと違った戦国時代史像を築いた。蝦夷地・琉球・石見銀山などの列島周縁部に目を移し、東アジア・ヨーロッパも含めた世界史的な視野で時代を捉えている。
 森茂暁『闇の歴史、後南朝』(角川選書)は、戦後の歴史学の中で黙殺されていたに近い南北朝合一後の南朝勢力にスポットを当てて史実を明らかにし、室町時代史の中にそれを位置づけた。なじみの薄い素材だけに、丁寧さ、わかりやすさを心がけた著者の努力が窺われる。近藤好和『弓矢と刀剣』(吉川弘文館)も個性的な一冊。武器武具の現存遺品を踏まえた上で、文献・絵画資料からその使用法を明らかにし、源平内乱期の戦闘の実像に迫る。
 今年は総じて一般書が充実していた。宮崎駿監督の映画「もののけ姫」に現在の中世史研究の成果がふんだんに盛り込まれていることが話題となったが、新しい成果を研究者世界のみのものとせず、魅力的かつ平易な文章で一般読者に伝えていく努力がこれからも求められていくだろう。


1996年 (第2166号)

 近年の中世史研究は「新しい史料」の開拓に努め、また一方でその必要にも迫られてきた。たとえば、前者は絵画史料を読み解く試みであり、後者は消えゆく歴史的景観の記録と復元である。九六年はこの二つの分野で、大きな成果が実を結んだ。
 絵画史料論の第一人者である黒田日出男の『謎解き 洛中洛外図』(岩波新書)、『歴史としての御伽草子』(ぺりかん社)が相次いで刊行され、美術史家宮島新一の『肖像画の視線』(吉川弘文館)も出た。『謎解き 洛中洛外図』は上杉本洛中洛外図の制作事情を解き明かしていく内容の面白さもさることながら、研究作法のひとつの形をわかりやすく示しており、歴史学研究法の手引き書としても有益である。
 八〇年代半ば、圃場整備事業による景観破壊を前に、兵庫県丹南町では現況調査(水利・慣行地名などの実地・聞き取り調査)および遺跡調査が六年にわたって行われた。その調査記録をもとに考古学・地質学・歴史地理学・文献史学・民俗学の研究成果を凝縮した待望の書が、大山喬平編『中世荘園の世界―東寺領丹波国大山荘―』(思文閣出版)である。本書の刊行によって各地の荘園故地が注目され、自治体などによる記録保存、願わくば景観保全の動きが広まることを期待したい。
 「新しい史料」による研究の一方で、文献史料を読み込んで「常識」を見直していく研究も重要であることを忘れてはならない。
 こうした課題に取り組んだ若手研究者の著書として注目されたのが、川合康『源平合戦の虚像を剥ぐ』(講談社選書メチエ)である。「一騎打ち」に代表されるいくさと武士のイメージを書名の通りに剥ぎ取り、内乱の終末に位置する奥州合戦の意義を明らかにした好著で、中世史関係の出版物としては稀にみる数の読者を獲得した。学術書の中にも、思い込みによって作り上げられた「家」を取り巻く問題に再考を求めた高橋秀樹『日本中世の家と親族』(吉川弘文館)などがあった。